人間失格

ディレクターズカット版

2009/11/27 京橋テアトル試写室
2回に分けて放送されたテレビアニメを再編集して劇場公開。
太宰治の原作に沿いつつ大胆に脚色。by K. Hattori

青い文学シリーズ 人間失格 第1巻 [DVD]  2009年10月から12月まで放送された、深夜の文学アニメ「青い文学シリーズ」。俳優の堺雅人をメインキャストに、中学や高校の国語の教科書で紹介されるような有名作品を6つを映像化する12回のシリーズだった。アニメーション制作はマッドハウス。集英社文庫とのコラボレーション企画として、原作文庫本の表紙を担当したマンガ家たちがアニメのキャラクター原案を手掛けている。取り上げられたのは太宰治の「人間失格」と「走れメロス」、坂口安吾「桜の森の満開の下」、夏目漱石「こゝろ」、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」と「地獄変」。この中でも「人間失格」はシリーズ中最大の大作で、他の作品が放送回数1〜2回で構成されているのに対して、この作品だけは全4回を費やす力の入れようだった。今回劇場公開される「ディレクターズカット版」は、全4話で構成されていた「人間失格」を再編集して1本の劇場アニメに仕立て直すと同時に、映画導入部に主人公の声を演じた堺雅人本人がホスト役として登場する趣向になっている。

 2009年は太宰治の生誕100年とあって「人間失格」も太宰作品のちょっとしたブームが起こり、荒戸源次郎監督の実写版も間もなく公開されようかというタイミングだ。(映画以外では物語を原題に移した古屋兎丸のコミック版も話題になっている。)アニメ版は原作に沿いつつ、時に原作を大きく逸脱する秀作。ユニークなのは主人公の分身として「お化け」という存在を作っていること。この「お化け」自体は原作にも登場するのだが、それを大きく拡張して主人公の分身、ドッペルゲンガーのような存在にしているところが面白い。幼い頃から道化として周囲に作り笑いを見せながら生きてきた主人公・大庭葉蔵が、心の中に封印した素顔こそが「お化け」なのだが、封印したはずの「お化け」はいつしか彼の心を蝕み、やがて葉蔵のすべてを乗っ取ってしまう。もはや古典である「人間失格」にはいろいろな読み方があるはずだが、原作の小さな要素から発想して、作品全体にドッペルゲンガーというまったく新しい主題を奏でさせるという発想には感心するしかない。主人公の葛藤をドッペルゲンガーという「実体」として提示するのは、映像表現としても面白いではないか。

 女性遍歴を重ねながら破滅に向けて落下してゆく主人公の人間像には、現代的なリアリティが感じられる。誰からも好かれるために道化の仮面を被り、その仮面をはがされまいとビクビクしている葉蔵の姿に、誰でも少しは身につまされるところがあるのではないだろうか。どんな人も仮面の下に素顔を隠している。場合によっては仮面の下にも何重もの仮面を隠している。この物語の主人公は作り上げた仮面があまりにも強固で完璧だったため、仮面の下にもうひとつの仮面を隠すゆとりがなかったらしい。仮面をはぎ取られ、素顔とも対面することができない彼は、人間性そのものを喪失するしかなかった。

12月12日公開 シネ・リーブル池袋
12月19日公開 テアトル梅田
配給:ハピネット パブリシティ:神山明
2009年|1時間29分|日本|カラー|デジタル上映
関連ホームページ:http://www.ntv.co.jp/bungaku/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:人間失格(青い文学シリーズ)
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原作:人間失格(太宰治)
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