エイト・タイムズ・アップ

2009/10/23 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(Screen 3)
タイトルは「七転び八起き」という意味。人生は大変だ。
第22回東京国際映画祭コンペ作品。by K. Hattori

8timesup  あらゆる人間は生まれながらに「自由に生きる権利」を持っている。もちろんそれはいろいろな社会的制約を受けてもいるのだが、人がどこでどう生きていこうと原則としてその人の自由。自由であることは気楽でもあり、同時に大変なことでもある。ことに社会的な制約が大きな場所では、自由は現実逃れの精神的な逃避でしかない。この映画のヒロインがはまり込んでしまった状況も、結局は「自由」と「制約」の間隙のようなものなのではないか。

 ヒロインのエルザは、大きな矛盾を抱え込んでいる。住むところがなく、安定した仕事もなく、離婚した元夫と暮らしている息子に会うためにも、なるべく早く仕事と住まいを手に入れなければならない状況だ。あちこちで仕事の面接を受ける。あちこちで住まい探しをする。でも状況は一向に好転しない。しかし彼女はこうした状況を、自ら招いている面もある。彼女は社会とうまく折り合いを付けていくことができないのだ。自分の信念を曲げて、他者に妥協することができない。彼女が特別正直なわけでもない。彼女が特別に潔癖なわけでもない。しかし彼女は、彼女自身でいることをやめられない。せっかく見つけた仕事を、すぐにやめてしまう。やめてしまうような状況に、自分を追い込んでしまう。周囲の人に助けてもらいたいと思いつつ、助けられればそれを拒んでしまう。子供が大事だと思いつつ、子供と過ごす時間を疎ましいとも思う。生きていくのが本当に辛いと感じつつ、死ぬことなんてまるで考えられない。女性としての武器を使って、男性に頼って生きていこうとも考えない。彼女の中には守るべき一線というものが明確にあって、それだけは絶対に守っているのだ。「これだけは守るぞ!」と身構えているわけではない。彼女自身がそう生きることしかできないというだけの話だ。

 結局これは、世界に馴染めない人の悲劇なのだ。人間には生まれながらに自由に生きる権利がある。しかし社会にはその自由を妨げるさまざまな制約がある。ほとんどの人間はその制約の存在を意識することなく、無意識の内に制約を回避して生きている。こういう人は制約の存在に気づかないから、自分は何の制約もなく自由だと思っているのだ。しかしこの映画のヒロインはそうではない。やることなすこと、行く先々でいちいち社会の制約と衝突する。彼女は言葉も生活習慣もわからない外国に、たったひとりで放り出されたようなもの。彼女はこの世界の中で、たったひとり異邦人として生きている。そして「現地」の習慣に馴染めないまま、異邦人であり続けなければならない。彼女は「地球は腐っている。いっそ火星にでも行きたい」と言うが、これは彼女にとって偽らざる本心だろう。彼女は地球に放り出された火星人なのだ。

 この映画にとって救いなのは、彼女に「火星人」の友人がひとりだけいること。地球に別々に放り出された火星人が、たまたま巡り会えるなんて何という幸運!

(原題:Huit fois debout)

第22回東京国際映画祭 コンペティション
配給:未定
2009年|1時間44分|フランス|カラー
関連ホームページ:http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=7
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:エイト・タイムズ・アップ
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