ストーリーズ

2009/10/20 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(Screen 3)
心理療法の一環として物語を書き始めた主婦が見つけたものは……。
第22回東京国際映画祭コンペ作品。by K. Hattori

Stories  専業主婦のロサリオは、不眠に苦しめられていた。夜ベッドに入ると大きな不安に包まれ、ひどく心細い気持ちにさいなまれてしまうのだ。カウンセラーを訪ねた彼女は、療法の一環として短い物語を書き始める。心温まる話。不条理な話。物語を書くことを通して、ロサリオの心は少しずつ解きほぐされていく。少しずつ浮かび上がってくる、ロサリオの過去の心の傷。書き上げた物語は夫に読ませてもあまりピンと来ないようだが、彼女はカウンセラーの励ましもあってそれを出版社に持ち込んでみることにする。

 「物語」の持つ力や効用が、さまざまな分野で注目を集めている。文学論や民俗学的な物語分析や、小説家や脚本家を目指す人たちのための創作論は昔からあるが、最近脚光を浴びているのは、ビジネス分野でコミュニケーションツールとしての物語が果たす役割。書店のビジネス書コーナーには、「物語」や「ストーリー」と題した本が何点か並んでいるはずだ。こうした物語論は、物語とその受け手との関係についていろいろなことを教えてくれる。それは「人間はなぜ物語を欲するのか?」という疑問に対するひとつの答えだ。「人はなぜ物語を欲するか?」という疑問は、「人はなぜ物語を聞きたがる(読みたがる)のか?」の反対側に、「人はなぜ物語を語りたがる(書きたがる)のか?」という疑問を抱えている。この映画はその疑問に対する、ひとつの答えかもしれない。

 映画は主人公のロサリオが、カウンセラーのもとで小さな人形を使った療法を受けるシーンから始まる。小さなオモチャを使った療法としては「箱庭療法」が有名だが、映画はこのシーンでロサリオの家族構成や心に抱えている傷の一端をかいま見せると共に、これから始まるのがロサリオの「癒し」へと向かう物語であることを観客に予告する。箱庭療法が患者を癒すように、物語を書くという行為がロサリオを癒していくのだ。しかしそれは、一筋縄では行かない困難な旅だ。

 出版社に向かったロサリオは、道に迷って人気のない淋しい通りに出る。そこで見つけたのは、一軒の空き家の床下につながる、彼女に向かって口を開いた大きな暗い穴。ロサリオはその暗闇を凝視したまま、しばらく動けなくなってしまう。この暗闇こそ、ロサリオが向かい合うべき心の闇の象徴だ。ロサリオ自身、それに気づいている。だからそこから動けなくなってしまうのだ。ロサリオはやがてその穴に立ち向かい、暗闇の中でひとつの空っぽの財布を見つける。「暗い地下世界から宝物を持ち帰る」という、神話的なモチーフの再現だ。そしてこれがロサリオの人生に、大きな転換点となって作用することになる。

 精神分析的でわかりやすい物語理解。しかしそれを理論ではなく映像で語るのが映画なのだ。この映画は大きな物語の中に小さな物語が含まれ、しかも全体として「物語についての物語」になっているという入れ子構造になるユニークな作品だ。

(原題:Relatos)

第22回東京国際映画祭 コンペティション
配給:未定
2009年|2時間2分|スペイン|カラー
関連ホームページ:http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=25
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ストーリーズ
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