リミッツ・オブ・コントロール

2009/08/07 映画美学校第1試写室
謎めいたメッセージを受け取りスペインを訪れた殺し屋ひとり。
ジャームッシュのハードボイルド風サスペンス。by K. Hattori

Limits of Control  サスペンス(suspense)は「宙吊り」や「未決定・保留」「一時的停止・中止・差し止め」「どっちつかずの状態」などを表すサスペンション(suspension)やサスペンド(suspend)と同系統の言葉で、サスペンス映画の醍醐味は観客の知りたい結論をすぐに出さず、結果を先送りしていくことだとヒッチコックは言っている。そういう意味で、ジム・ジャームッシュの新作『リミッツ・オブ・コントロール』は極上のサスペンス映画だ。主人公はひとりの殺し屋らしき男。しかし彼に下された命令(依頼)はあまりにも漠然としていて、具体的に何をどうすればいいのかがわからない。殺し屋は行く先々で暗号めいたメッセージを受け取るのだが、そのメッセージの内容も意味も観客にはわからない。これはほとんど先の見えない濃霧の中を、一歩ずつ足もとを確かめながら手探りで進んでいくような感覚だ。霧の中から時折ぬっと人が顔を出して声をかけていく。しかし相手はそのまま、再び霧の中に立ち去っていく。霧が薄く晴れてきたかに思えた次の瞬間、これまで以上に濃厚な霧が周囲を満たしてしまう。だがその場に立ち止まることは許されない。物語は先へ先へと進み、行方も目的も分からぬまま白い闇のさらに奥へと足を踏み入れていくしかない。

 この映画を一言で言い表すなら、「不思議な国のアリス」のハードボイルド・スリラー版とでも表現するべきだろう。物語はすべて、ウサギの穴の中で起きている。主人公は行く先々で風変わりな人々に出会い、最後はまた元の世界に戻ってくるのだ。アリスの迷い込んだ不思議の国での旅が不条理な出来事の連続だったように、この映画で殺し屋がたどる旅も不条理な出来事の連続。映画の中盤までは何とかそれを合理的に解釈しようと努めるのだが、終盤になると「これは理屈で考えても無駄だ!」と開き直るしかない。犯罪がらみの不条理劇は、デヴィッド・リンチの映画にも通じる世界。しかし強烈な物語世界のねじれで観客を翻弄するリンチと異なり、ジャームッシュは観客の気づかぬうちに少しずつ物語をたわませてゆく。

 主演のイザック・ド・バンコレが、映画の中でほとんど常に無表情なのが面白い。目の前の人間に何を言われようと、目の前で何が起きようと、彼はほとんど無表情。しかし映画を見る観客は、その無表情な主人公の向こう側に何らかの感情や意図を見出すのだ。単純明快なクレショフ効果。だがその無表情な殺し屋が、唯一笑顔を見せるシーンがある。忘れられぬ笑顔だ。

 イザック・ド・バンコレはジャームッシュ作品の常連だが、映画ファンには謎めいたメッセンジャーとして登場するティルダ・スウィントン、工藤夕貴、ジョン・ハート、ガエル・ガルシア・ベルナル、そしてビル・マーレイなどの方がなじみ深いはず。こうした豪華キャストによって、主人公の無名性や匿名性が増すことになるのだ。

(原題:The Limits of Control)

9月19日公開予定 シネマライズほか全国ロードショー
配給:ピックス 宣伝:メゾン(紙・Web)、バロン(TV)
2008年|1時間55分|スペイン、アメリカ、日本|カラー|ビスタ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://avex-pix.co.jp/movies/post_14.php
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:リミッツ・オブ・コントロール
サントラCD:The Limits of Control
サントラCD:The Limits of Control (EP)
関連DVD:ジム・ジャームッシュ監督
DVD:イザック・ド・バンコレ
関連DVD:アレックス・デスカス
関連DVD:工藤夕貴
関連DVD:ティルダ・スウィントン
関連DVD:ガエル・ガルシア・ベルナル
関連DVD:ビル・マーレイ
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