鈍獣

2009/03/11 GAGA試写室
宮藤官九郎原作の舞台作品をCM演出家の細野ひで晃が映画化。
何度殺しても死なない男を浅野忠信が好演。by K. Hattori

 週刊大亜に連載されていた小説「鈍獣」が、高名な文学賞候補になった。ところが著者の凸川(でこがわ)隆二は行方不明。担当の女性編集者は凸川の行方を追って、彼の出身地である地方都市に向かう。だが事情を知っていると思われた凸川の幼なじみたちは、彼の行方を知っているような知らないような曖昧な態度。編集者は関係者たちを個別に問い詰めることで、やがてとんでもない事実を知らされる。友人たちの私生活や過去の秘密などをことごとく小説として発表した凸川は、それを恨んだ友人たちに殺されたというのだ……。しかも何度も……。

 何度も?

 そう、何度も何度もだ! 徹底的に鈍感な凸川は、殺されても殺されても、自分が殺されたことに気づくことすらなく舞い戻ってくるのだ。

 原作は宮藤官九郎が2004年にPARCO劇場での上演のために書き下ろした同名戯曲で、翌年には第49回岸田國士戯曲賞も受賞た評価の高い作品。クドカン本人が映画用に脚色し、CM出身の細野ひで晃が監督している。舞台版は未見だが(DVDは出ているようだ)、映画には「元舞台劇」のニオイがあまりしない。物語の閉塞感は物語のほとんどすべてが回想シーンで成立している点や、実質的には凸川と江田というふたりの人間の間で物語が展開していく濃密さによるものだろう。少年時代の回想にアニメを使ったり、美術や衣装をけばけばしく飾り立ててシュールな空間を作ったりすることも、かえって物語を閉じた小さな世界に押し込んでいく。そこでは空気までが、ドロリとねばついた濃度を持っているようだ。

 殺しても死なない凸川というキャラは、この映画にとって最大のミステリー。しかしこの映画は、「なぜ彼は死なないのか?」にはあまり興味を持っていない。「殺しても死なない男」という不条理に出会った人間が、それをどう受け入れていくかというのがこのドラマの中心なのだ。友だちを全面的に信じ、友だちに裏切られて殺され、それでも復活して再度友だちの前にニコニコしながら現れる凸川隆二のキャラはちょっとイエス・キリストめいたところもある。無二の親友みたいな顔をしているくせに、ちゃっかりと小説の中で幼なじみを批判非難しまくっているというのも、「裁き主」としてのキリストみたい。でもこの映画に宗教色はゼロだ。

 凸川はキリストそのものと言うより、それをドストエフスキー流にアレンジした「白痴」の主人公ムイシュキン公爵に通じる「聖なる愚者」型のキャラクターだ。だがこの映画はキリスト伝を引用しているというより、キリスト伝と同じ物語の類型を用いて、それとはまったく別のストーリーを作り上げようとしているのだろう。キリストという真理に出会った人たちがその後の人生をどう変えていったかを説くのがキリスト伝だとすれば、この映画は不条理に出会った人間たちがその不条理をどう受け入れ人生を変えていったのかを描く。方向性がまるで逆なのだ。

5月中旬公開予定 シネクイントほか全国順次ロードショー
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
2009年|1時間46分|日本|カラー|ヴィスタ|ドルビーSR
関連ホームページ:http://donju.gyao.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:鈍獣
主題歌CD: two友(ゆずグレン)
原作戯曲:鈍獣(宮藤官九郎)
関連DVD:細野ひで晃監督
関連DVD:宮藤官九郎(脚本)
関連DVD:浅野忠信
関連DVD:北村一輝
関連DVD:ユースケ・サンタマリア
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