ポチの告白

2008/12/18 映画美学校第1試写室
警察を撮らせたらピカイチの高橋玄監督が、
腐敗した警察の実態を生々しく描く。by K. Hattori

 黒澤明が1960年に製作した『悪い奴ほどよく眠る』という映画がある。黒澤プロの第1作として製作された社会派の意欲作だが、黒澤監督のキャリアの中では決して成功した作品とは言えない作品だ。公団汚職の責任をかぶって自殺した課長の息子が、復讐のために親友と戸籍を交換して別人に成りすまし、公団総裁の秘書としてその懐に潜り込む。汚職の実態を暴き、父親の仇とも言える総裁を失脚させるのが目的だ。しかし総裁をまんまと欺いて信頼を勝ち得た主人公は、あろうことか憎むべき総裁の一人娘と結婚することに。彼女を愛してしまった主人公は、復讐と愛情の板挟みの中で破滅していく。

 官僚の腐敗が社会的に追求されると、中堅幹部職員が責任を一身に背負って自殺してしまう。巨悪はその背後で、ぬくぬくと甘い汁を吸って太り続ける。黒澤明はそれを映画を通して告発しようとしたのだが、残念なことにこの意気込みは空回りして、映画は憎悪と愛情のはざまで破滅する青年の悲劇になってしまった。この映画の欠点は結局のところ、役人たちの汚職の実態が具体的には描けなかったことにある。劇中では「組織的な汚職が行われいている」ことが自明の前提条件とされて、それが具体的にどのようなプロセスで行われているのかが見えてこないのだ。

 高橋玄監督の『ポチの告白』が、黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』を手本にしているとは思わない。しかし警官も公務員という「役人」であり、映画がその中にある「汚職」を描いている点で、ふたつの映画には大きな共通点があると言えるだろう。しかし『ポチの告白』には黒澤明が描けなかった、公務員による汚職の手口がふんだんに盛り込まれている。架空伝票を使った裏金作り。職権乱用。取引業者(相手は暴力団とマスコミ)との癒着や便宜供与。組織内での不正の隠蔽。隠蔽しきれない不正を末端職員に責任転嫁してのトカゲの尻尾切り。この映画を観れば、マスコミで報道される「官僚の犯罪」の裏側が具体的に見えてくる。

 真面目な警察官だった主人公が、警察組織の中で少しずつ汚れていく物語だ。彼は「法」に忠実なのではなく、警察という「組織」に対して忠実だった。だから組織のために、違法なことにも手を染める。法を犯した人間を摘発して捕らえるのも警察なのだから、組織に忠実でさえいれば多少の違法行為は大目に見られる。主人公の違法行為は、組織の後ろ盾を得て次第にエスカレートして行く。

 『悪い奴ほどよく眠る』に描かれていたのと同じように、『ポチの告白』の主人公も最後は組織の罪をすべて背負い込まされて自殺に追い込まれていく。しかしこの映画はそうした自殺者を「犠牲者」のようには描かない。彼もそれまで組織に守られながら、さんざんウマイ汁を吸ってきたのだ。この一点だけでも、この映画は黒澤明を超えていると断言できる。

1月24日公開 新宿K's cinema
配給:アルゴ・ピクチャーズ
2008年|3時間15分|日本|カラー|ビスタ
関連ホームページ:http://www.pochi-movie.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ポチの告白
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