ホルテンさんのはじめての冒険

2008/12/09 京橋テアトル試写室
鉄道運転手を引退した主人公の第二の人生探しの旅。
ほのぼの系に見せてじつはかなり辛辣。by K. Hattori

O' Horten ( La Nouvelle vie de Monsieur Horten ) [ NON-USA FORMAT, PAL, Reg.2 Import - Sweden ]  ノルウェー鉄道で長年運転手をしてきたホルテンは、真面目一筋の鉄道員人生を間もなく定年で終えようとしていた。最後の勤務を翌日に控え、仲間が開いてくれた送別パーティ。だがちょっとした手違いが原因で、ホルテンは人生最後の乗車勤務に遅刻してしまうのだ。列車は彼を置いたまま出発。この瞬間から、それまで精密機械のように正確に動いていたホルテンの生活は、少しずつ歯車が噛み合わなくなってくる……。

 日本語題やメインビジュアルからほのぼのしたコメディ映画だと思っていたら、中身は結構辛辣なドラマだった。ここに描かれているのは「老い」が持つふたつの顔。ひとつは自分の人生に対する満足感や充実感であり、もうひとつは自分の過ごしてきた人生に対する後悔だ。主人公ホルテンは定年を迎えるその日まで、取り立てて自分の人生に対する疑問や不満を感じたことがない。もちろん彼の人生はすべてが百点満点というわけではない。そうした個人的な問題はすべて、仕事の中に塗り固めてきたのだ。ホルテンの人生は仕事中心に回っている。仕事は彼に、かけがえのない充実感を与えてくれる。でも彼はよりにもよって勤務最後の日になって気づいてしまったのだ。鉄道はホルテンなしでもいつも通りに動き続けるということに。鉄道という仕事がホルテンを必要としていたのではなく、ホルテンが鉄道の仕事を必要としていたことに。

 ここからホルテンはたったひとりで、定年後の新しい人生を探す旅を始める。そこで思い知らされるのは、老いとは「喪失」に他ならないということ。気がついて周囲を見渡してみれば、ホルテンの周囲からは様々なものが失われ、消えていく。職場の人間関係や仕事への誇りはあっという間に消え去る。それまで築き上げてきた人間関係も消えていく。愛着のあるヨットは手放さざるを得ず、愛用のパイプは紛失し、行きつけのタバコ屋の主人もいつのまにか亡くなっている。ホルテンが毎日何も変わることなく日々の仕事の中で時間を過ごす内に、その外側では着実にすべてが変化しているのだ。ホルテンもまた、その変化の中にいる。ホルテンはその変化を受け入れなければならない。なぜならホルテンもまた、変化していく存在なのだから。

 僕は「青春映画」を、何者でもない主人公が何者かになろうともがくドラマと定義している。だとすればこれはまさに、その条件をぴったりと満たした映画なのだ。ホルテンは自分自身の今後の人生を探すため、見えない出口を見つけようと右往左往する。でも彼は67歳の大人の男だから、そこで青春ドラマの主人公のようにギャーギャーわめかないし騒がない。その分だけホルテンが何を考えているのかが映画を観ていてもわかりにくい反面、そのわかりにくさの中に観客が自分たちの思いを投影していくこともできる。ホルテンは観客の分身になるのだ。

 青春映画にはロマンスが付きもの。この映画も最後はロマンスの予感で終わる。

(原題:O' Horten)

2009年正月第2弾公開予定 Bunkamuraル・シネマ
配給:ロングライド 宣伝:樂舎
2007年|1時間30分|ノルウェー|カラー|1:1.85|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.horten-san.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ホルテンさんのはじめての冒険
サントラCD:ホルテンさんのはじめての冒険
関連DVD:ベント・ハーメル監督
関連DVD:ボード・オーヴェ
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