アラトリステ

2008/11/20 映画美学校第1試写室
17世紀落日のスペインを剣士アラトリステが駆け抜ける。
ヴィゴ・モーテンセンが主人公を熱演。by K. Hattori

Alatriste  スペインの人気作家アルトゥーロ・ペレス=レベルテの冒険小説シリーズ「アラトリステ」を、ヴィゴ・モーテンセン主演で映画化した2時間半の大作歴史ドラマ。かつて世界中の海を支配し、世界中で広大な植民地を経営して「太陽の没することなき帝国」を作り上げたスペイン王国。だが16世紀末には無敵艦隊がイギリスに敗れて制海権を失い、17世紀スペインは黄昏の時代を迎えている。この映画の主人公アラトリステが活躍するのは、そんな17世紀のスペインだ。国の支配者たちはいまだ繁栄の記憶に酔い、おごり高ぶっている。だが一介の傭兵であるアラトリステは各地の戦場で繰り返される血なまぐさい戦いを通して、スペイン帝国が確実にその力を失いつつあることを肌身に感じている。この映画はイケイケムードの出世物語でも、主人公が敵を蹴散らしていく勇ましい戦争アクション映画でもない。アラトリステがいかに戦おうと、国は否応なしに衰退していくという悲哀が、この物語の根底にはあるのだ。

 物語の時代背景はデュマの「三銃士」とさして変わらないのだが、「三銃士」がヒロイックな冒険活劇として描かれるのに対して、こちらはひたすらリアリズム。登場人物たちのほこりまみれの体臭が漂ってきそうなヨレヨレの衣装と、触れれば血がほとばしりそうな重々しい殺陣。ヴィゴ・モーテンセンは剣士アラトリステを精悍に演じているのだが、この衣装や美術や演出もあって、なんだか「汗くさそう」な感じがしてならない。史劇スペクタクル全盛の1950年代に同じ話がハリウッドで映画化されていれば、(原作がどうであれ)衣装も金ぴかで汚れひとつない清潔で颯爽とした剣士アラトリステが作られたであろうに、今はそうした映画的虚構が許されない時代でもあるのだろう。

 上映時間2時間半は十分に長いのだが、そこに原作5巻分の内容を詰め込んでいるようで、印象として似ているのはNHK大河ドラマの総集編。物語の中の見せ場らしいところが次々に登場するのだが、見せ場と見せ場をつなぐドラマの地味な部分をすっ飛ばしているため、映画の印象は散漫で平板なものになってしまっている。鯛焼きのアンコが旨いからといって、アンコだけ食べても鯛焼きの味はしないだろう。この映画はアンコばかりの鯛焼きみたいなものかもしれない。映画としてのバランスは良くない。しかし食べ終えた後のボリューム感はたっぷりで、しっかりとお腹いっぱいになれる。

 この映画は小説版のファンにとって小説の名場面が迫力ある動く絵として観られるのが魅力だろうし、小説版をまだ読んでいない人にとっても小説「アラトリステ」への案内役として十分な機能を果たしているものだろう。人気小説の映画化には「映画だけ観ればそれで充分」と思わせるものも多いのだが、この『アラトリステ』は小説版が読みたくなる。映画作品としての物足りなさが、そう思わせるのかもしれないけれど……。

(原題:Alatriste)

12月13日公開予定 シャンテシネほか全国順次ロードショー
配給:アートポート
2006年|2時間25分|スペイン|カラー|アメリカン・ビスタ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.alatriste.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:アラトリステ
DVD (Amazon.com):Alatriste
サントラCD:Alatriste
原作:アラトリステ
関連DVD:アグスティン・ディアス・ヤネス監督
関連DVD:ヴィゴ・モーテンセン
関連DVD:ウナクス・ウガルデ
関連DVD:アリアドナ・ヒル
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