秋深き

2008/07/30 シネマート銀座試写室
織田作之助の原作を八嶋智人と佐藤江梨子主演で映画化。
いい話だけど古くさく感じる。by K. Hattori

 戦前から戦後にかけて活躍した人気小説家・織田作之助の短編小説「秋深き」と「競馬」を原作に、八嶋智人と佐藤江梨子主演で作られた冴えない夫婦のラブストーリー。織田作之助といえば映画化された「夫婦善哉」など、大阪庶民の人情を描いた作品で有名。この映画も大阪を舞台にしているが、時代背景は現代に移してある。

 この映画の作り手たちがこの物語を今あえて映画化しようとしたのは、これが紛れもなく「いい話」だからに違いない。僕もこれはいい話だと思う。地味な中学教師が売れっ子のホステスに恋をし、実家を飛び出すようにして小さな家庭を持つ。夫の焼き餅や妻の常識はずれな行動などは多少問題ではあるが、ふたりは幸せな夫婦なのだ。だがその幸せは長く続かない。ふたりがようやく小さな幸せを手に入れたと思った直後に、妻の身体を病魔が襲う。まあその後もいろいろあるのだが、登場人物に悪人はいないし、映画を観終えたあとの感触も悪くはない。

 しかし僕はこれに、現代日本のリアリティを感じられなかった。これは大人のためのおとぎ話なのだ。そのおとぎ話をおとぎ話として成立させるだけの工夫が、この映画にはまだ何か足りないような気がする。話そのものはO・ヘンリーの「賢者の贈り物」と同じようなものなのだ。愛し合う夫婦が互いにもっとも大切なものを犠牲にして、自分の伴侶にとっておきの贈り物を届ける。それは他人の目から見れば愚かなことかもしれないが、当人たちにとってそれは素晴らしい最高のプレゼントになる。しかしだ僕はやはりこの映画から、「なんというバカな男とバカな女だ!」という印象をまず第一に受けてしまう。結果としてバカなことをしているのではなく、まず最初にバカなのだ。

 映画のクライマックスは、妻の治療費を作ろうと夫が慣れない競馬場で妻の名にちなんだ馬券を一点買いし続けるシーンだ。切羽詰まった男が追い込まれるギャンブルの魔境を、切実に演じきった八嶋智人の芝居にはゾクリとさせられた。買う馬券がことごとく外れ続け、ほとんどオケラになった最終レース。知人に「最後だから1万円ぐらい残しとけ」と言われると、「何言ってんですか。これが最終ですよ?」と振り返った主人公の顔に宿る狂気の表情。怪しげな霊感商法の壺を「こんなパチモンの壺で病気が治るわけない」と言われて、「でも効いたらどうするんだ!」とムキになる主人公の切実な叫び。映画前半はゆるゆるなのに、このあたりは強烈な印象がこちらの胸に叩き込まれる。やってることはバカなのだ。愚かなのだ。でもこの男は、おそらく自分がバカなのを承知で懸命にそれにすがりつく。

 こうしてむき出しの人間的感情を押し出した八嶋智人に比べると、妻を演じた佐藤江梨子の印象はどうもぼんやりしている。物語が夫の視点から語られているにせよ、ここにあるのは可愛い女や賢い女という記号でしかないように思える。

11月公開予定 シネマスクエアとうきゅう
配給:ビターズ・エンド
2008年|1時間45分|日本|カラー|ヴィスタ|DTS
関連ホームページ:http://www.akifukaki.com/
DVD:秋深き
原作「秋深き」「競馬」収録:世相・競馬(織田作之助)
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