クライマーズ・ハイ

2008/04/04 GAGA試写室
未曾有の大事故を取材する地方新聞社のドタバタ騒ぎ。
骨太で歯ごたえのある群像劇。by K. Hattori

 1985年8月に起きた日航機墜落事故をモチーフにした物語だが、事故そのものがテーマではない。この映画が描いているのは、地元で起きた驚天動地の大事件に右往左往する地方新聞社の姿と、そこから浮かび上がってくる組織と個人の関係だ。手っ取り早く言ってしまうなら、これはサラリーマン映画に他ならない。社長を頂点とするピラミッド型の組織は、平時であれば何事もなく秩序が維持されている。だからひとたび事件が起きれば、それまで秩序の中で足並みを揃えていた人間たちは、自分たちの意思で好き勝手な方向に走り始める。時々刻々と変化する状況に、ピラミッド型の組織は対処できないからだ。

 この映画に登場する新聞社がひどくリアルなものに感じられるのは、原作者の横山秀夫が実際に地方新聞社出身だからという理由もあるだろう。しかしそれ以上に登場人物ひとりひとりの姿が、新聞社以外のどんな組織でも見られる典型的な人間像として、巧みに造形されていることが大きい。だからこの映画に、100%の悪役というのは存在しない。山崎努演じる北関東新聞社の社長は、社員の人生さえ収奪私物化して構わないと考えているある種の「怪物」だ。しかしその怪物の中にも、地方で地元新聞を長年に渡り支えてきたという矜恃がある。それは「キタカンイズム」として組織の末端にまで注ぎ込まれ、社長に反発する主人公の中にもその血を流し込むのだ。主人公と社長が疑似親子関係のように描かれるのは、単に主人公の出自の問題だけじゃない。主人公はワンマン社長から受け継いだブンヤの血が、自分の中に流れていることに自覚的なだけなのだ。

 ピラミッド型組織の全体を動揺させる大事件が起きたとき、この映画に登場する人間たちは以下の行動パターンのどれかを選択する。ひとつはこうした浮き足だった組織の秩序維持を最優先させることで、自分自身の組織内での地位を守り、あわよくばこれを出世のチャンスとするタイプ。編集局の中では、次長が露骨にそのタイプだ。もうひとつは組織の縛りが弛んだこの非常事態を下克上のチャンスと見て、自分に与えられた本来業務を飛び越えて大きな仕事に挑んでいく者たち。この映画では、主人公の下に付く若い記者たちがそれだ。もうひとつは組織の動揺に危機感を抱きつつ、じっと大きな嵐が過ぎるのを待っているタイプ。編集局長も結局はこのタイプだろうか。それぞれの思惑が絡まり合って、組織内ではごく短期間のうちに、それまで敵対する者同士が手を組んだり、信頼で結ばれていた者同士が反目や裏切りを見せるなど、ドラマチックな人間の集合離散が展開していくことになる。

 こうした組織の中で主人公が突出しているのは、彼がこの大事件を自分自身の「親離れ」の時期と見ているからかもしれない。ひとりの男が自分の親から離れて自立することで、自分自身の息子と新しい関係を築いていく。これはそういう映画なのだ。

7月5日公開予定 丸の内TOEI1ほか全国ロードショー
配給:東映、ギャガ・コミュニケーションズ
2008年|2時間25分|日本|カラー|アメリカンビスタ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://climbershigh.gyao.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:クライマーズ・ハイ
原作(単行本):クライマーズ・ハイ(横山秀夫)
原作(文庫):クライマーズ・ハイ(横山秀夫)
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