ノーカントリー

2008/03/26 日比谷シャンテシネ1
ギャングが残した200万ドルの札束を手に入れた男の運命。
ハビエル・バルデムの殺し屋が最高。by K. Hattori

 今年のアカデミー賞で8部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞など主要4部門を受賞した話題作。コーマック・マッカーシーの小説「血と暴力の国」を、監督・製作・編集も務めたコーエン兄弟が映画用に脚色している。コーエン兄弟はこれまでにも多くの作品で、人間の欲望が暴力犯罪の中で火花を散らす凄惨で血なまぐさいスリラー映画を作っている。その頂点のひとつが、1996年に製作された『ファーゴ』だった。今回の映画も、バッグの中の大金、殺し屋、事件を追う保安官など、『ファーゴ』に通じ合うものがある。

 しかし『ファーゴ』とこの映画には、大きな違いがある。『ファーゴ』では健康的で健全な世界というものがまず前提として存在し、そこに理不尽な暴力が異物として入り込んいた。人間の愚かしさや狂気が生み出したドタバタの悲喜劇は、最終的に物語の中から取り去られ、世界は再び平穏を取り戻す。事件を捜査していた身重の女性保安官は、最後に夫の待つベッドで静かな眠りにつく。やがて生まれてくる子供に、少しはましな世界が与えられることが期待されている。

 だが本作『ノーカントリー』の世界は、もっとずっと悲観的なのだ。世界は狂っている。そこで正気を保とうとする人間は、世界から疎外された異邦人になってしまう。この映画の中でもっとも生き生きしているのは、死に神か幽霊のように行く先々に死体の山を築く殺し屋シガーであり、彼を出し抜いて200万ドルの大金を着服しようとする男モスだ。それに対して、事件を追う保安官のエドは精細がない。彼は狂った世界の中で自分ひとりが何をしても、もはや秩序が回復しないことを知っている。社会にあふれるむき出しの欲望と暴力の渦が、足もとからエドを押し流そうとしてる。

 物語はトミー・リー・ジョーンズ演じるエド・トム・ベル保安官の語りで始まり、彼の語りで幕を閉じる。理不尽な暴力がまかり通る世界を嘆き、平和でのどかだった古い時代を懐かしむ彼の言葉は、そのまま観客の心情に通じ合うはずだ。映画やドラマの中ならいざ知らず、誰だって普通は自分を、凄惨な殺し合いの現場になど置きたくないだろう。この映画の中でもっとも観客に近い人物が、この保安官であることは間違いない。

 しかし彼は結局、傍観者に過ぎないのだ。事件の推移を登場人物たちの誰よりも正確に見抜いている彼は、事件の当事者たちに直接会うことは最後までない。彼はこの物語の語り手であると同時に、この映画の中で唯一の部外者でもある。狂った世界の中で正気を保とうとする人間は、否応なしに世界から排除されてしまう。

 この映画の世界観を決定づけるのが、おそらく多くの観客を裏切るであろうその幕切れだ。暴力は捕らえられることなく野に放たれ、引退した保安官は自分の見た夢を通して死への憧れを語る。ここでは暴力こそが勝利者なのだ。

(原題:No Country for Old Men)

3月15日公開予定 シャンテシネほか全国ロードショー
配給:パラマウント、ショウゲート
2007年|2時間2分|アメリカ|カラー|シネマスコープ|DTS、SDDS、Dolby Digital
関連ホームページ:http://www.nocountry.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ノーカントリー
DVD (Amazon.com):No Country for Old Men
DVD (Amazon.com):No Country for Old Men [Blu-ray]
原作:血と暴力の国(コーマック・マッカーシー)
原作洋書:No Country for Old Men (Cormac McCarthy)
関連DVD:ジョエル・コーエン監督
関連DVD:イーサン・コーエン監督
関連DVD:トミー・リー・ジョーンズ
関連DVD:ハビエル・バルデム
関連DVD:ジョシュ・ブローリン
関連DVD:ウディ・ハレルソン
関連DVD:ケリー・マクドナルド
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