かつて、ノルマンディーで

2007/12/03 映画美学校第2試写室
1976年に製作された1本の映画についてのドキュメント。
映画に浮かび上がる父と息子の風景。by K. Hattori

 1835年、ノルマンディ地方の小さな農村で、農家の長男が母と弟妹を惨殺するという事件が起きた。犯人の青年は犯行について詳細な手記を書いた後に、刑務所内で自殺する。それから130年以上たった1973年、哲学者ミシェル・フーコーは事件を「ピエール・リヴィエールの犯罪/狂気と理性」という本にまとめた(邦訳あり)。これを原作にして、フランスの映画監督ルネ・アリオは「私ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した」という映画(日本未公開)を製作。撮影場所は事件が起きたノルマンディ地方で、出演者のほとんどが地元の農民という異色作だ。そしてこの映画の助監督として、現地で出演者を集めていたのが若き日のニコラ・フィリベールだった。

 この映画の現代は『ノルマンディへの帰還』。今では一流のドキュメンタリー監督となっているフィリベール監督が、30年ぶりに「私ピエール・リヴィエールは〜」の撮影現場を訪ねて、当時撮影に協力してくれた人々と再開する話だ。映画の中には30年前の映画の断片がしばしば引用されて、撮影が行われた当時の状況と今とを対比していく。これは30年ぶりに作られた、映画「私ピエール・リヴィエールは〜」のメイキングなのだ。

 しかしこの映画は、単に「あの時こんな風に映画が作られました」という話では終わらない。そもそもそんな話そのものには、今さらどれほどの意味もないのだ。ルネ・アリオ監督は今ではほとんど忘れられている映画監督で、フィリベール監督が教えている映画学校でこの映画を紹介したところ、誰もその映画を観たことがないだけでなく、そもそもアリオ監督の名前を知る学生もいなかったというのだ。この映画は忘れられた監督と、忘れられた映画についてのドキュメンタリーだ。

 この映画は映画の最初から最後まで、フィリベール監督のナレーションが付いている。僕は監督の作品をそんなにたくさん観ているわけではないが、こうした手法によって、この映画はフィリベール監督による内省的な映画エッセイとでも呼べるものになっている。ここで描かれているのは、1本の映画と人々との係わり。映画は消えても、映画に係わった人たちの生活の営みは残る。映画は人々の心に、人々の暮らしぶりに、忘れ得ない大きな痕跡を残していく。時としてそれは、大きな傷跡に見えることさえある。

 映画をめぐる思い出の旅は、やがてより大きな普遍的テーマへと導かれていく。それは「父と子の対話」だ。19世紀に起きた殺人事件と、事件で家族の大半を失った父親の関係。この事件を映画化したアリオ監督とフィリベール監督は、師弟関係という疑似親子関係にある。さらにアリオ監督とより密接な疑似親子関係にあったのが、映画の主演俳優となったクロード・エベールだ。そして最後に登場するのが、フィリベール監督自身の実父の映像……。父の声はもう聞こえない。でも思い出は残る。

(原題:Retour en Normandie)

2008年正月第2弾公開予定 銀座テアトルシネマ
配給:バップ、ロングライド 宣伝:ムヴィオラ
2007年|1時間53分|フランス|カラー|1:1.85|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.nicolas-movie.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:かつて、ノルマンディーで
関連書籍:ピエール・リヴィエールの犯罪―狂気と理性 (河出・現代の名著)
関連書籍:ピエール・リヴィエールの犯罪―狂気と理性
関連DVD:ニコラ・フィリベール監督
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