自虐の詩

2007/11/15 楽天地シネマズ錦糸町(シネマ4)
業田良家の名作4コマ漫画を豪華キャストで実写映画化。
原作よりベタベタした話になった。by K. Hattori

 業田良家の同名4コマ漫画シリーズを堤幸彦監督が実写映画化したものだが、個々のエピソードは原作を忠実になぞりつつ、全体の雰囲気としては原作から大きく離れたものになった。これは主人公の森田幸江を中谷美紀が演じているとか、そういう違和感とはまた別のものだ。一番大きな理由は、時代設定や舞台になる場所を変えたことだろう。原作の舞台は東京だが、映画は大阪が舞台になっている。原作の時代背景はよくわからないが、雑誌連載は1985年から90年まで。描かれている風景や人々の暮らしには、まだ昭和のニオイがする。少なくともそこにはまだ、携帯電話やインターネットがない。人間と人間の間には、顔と顔をつきあわせた生身のコミュニケーションが残っていた。

 映画はそうした原作の世界観を現代に再現するため、物語の舞台を大阪にしたのかもしれない。だがこれは現実の大阪ではない。昭和のニオイを現代に再現するための装置として作られた、ファンタジーの舞台としての虚構の大阪だ。そこに生身の生活のリアリズムはない。これはVシネマのやくざ映画がしばしば「大阪」を舞台にしているのと同じで、そこにおいてはどんな映画的な虚構も成り立たせることができるという魔法の国なのだ。

 だがこれが映画の主人公たちに、原作にはない新しい性格付けをすることになった。それは主人公たちが東京で知り合い結ばれた後に、ふたりして大阪に移り、そこで新しい生活を始めたことを意味しているからだ。ふたりは地方出身者を引きつける強力な磁場を持つ東京という町で、何となくその日その日を暮らしているわけではない。彼らはその磁場から抜け出して、自分たちの生活を新しく切り開いていくだけの力を最初から持っているのだ。アパートの小さな部屋での暮らしも、幸江が働き、イサオがそれに依存するという経済も、ふたりが自分たちで選び取った彼らなりのライフスタイル。彼らは東京暮らしという「底辺」を逃れて、昭和のニオイと人情が残る虚構の大阪の街に自分たちの新しいステージを築いて、そこでの新生活をそれなりにエンジョイしているのだ。

 気仙沼時代に不幸のどん底を味わった幸江が、東京でイサオに出会い、大阪で幸せになるというのがこの映画の大きな流れだ。この薄幸なヒロインのささやかなシンデレラ物語に沿うようにして、この映画では白馬の王子であるイサオの境遇も原作以上に大きく肉付けされている。生まれながらの武闘派ヤクザだったイサオもまた、幸江に出会ってささやかな幸せを手に入れたのだという結末。物語としては確かにこれで収まりがいい。でもこれではまるで、ドラマチックな境遇と展開を求めたメロドラマではないか。

 映画はイサオに変化を求めている。幸江の夫として、生まれてくる子供の父親として、まともな人生を歩み始めることを欲している。そこに落ち着くことで、破格の原作は映画として小さくまとまってしまったと思う。

10月27日公開 渋谷シネクイントほか全国
配給:松竹
2007年|1時間45分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.jigyaku.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:自虐の詩
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サントラCD:自虐の詩
主題歌CD:海原の月(初回限定盤)(DVD付)
主題歌CD:海原の月
原作:自虐の詩 上巻 ・下巻
原作:自虐の詩(上) (下)
ノベライズ:自虐の詩
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