4分間のピアニスト

2007/10/01 GAGA試写室
老ピアノ教師が刑務所で出会った天才ピアニスト。
ナチス時代のエピソードが悲しい。by K. Hattori

 刑務所で囚人相手にピアノを教えているトラウデは、音楽芸術のために一生を捧げてきた老ピアノ教師。かつてはヨーロッパ屈指の女流ピアニストとして脚光を浴び、名指揮者フルトヴェングラーにもその才能を賞賛されていたほどだ。そんな彼女が刑務所で出会ったのが、殺人犯として服役しているジェニーだった。粗暴で他の囚人や看守たちとも折り合いが悪い彼女だが、ピアノの腕前は超一流。かつては天才少女ピアニストとして各地でツアーを行っていたほどの逸材だが、今ではその心もささくれ立ち、生活も荒みきっていた……。

 才能のある不良少女が優秀な教師に出会い、心を入れ替えて才能を開花させていく……という筋立ては手垢が付いている感もあるが、この映画では教師も生徒も一筋縄ではいかない強烈なエゴの持ち主になっているのがユニーク。ジェニーは映画に登場して早々、素手で看守を半殺しにして自身の凶暴さを観客にアピール。教師のトラウデはクラシック以外の音楽を認めない堅物で、自分でこうと思い込んだことは決して曲げない頑固者、さらに言葉には常に皮肉と嫌味のスパイスがたっぷりと詰め込まれている。要するにこの主人公ふたりは、どっちも相当に嫌な女たち。簡単にいってしまえば、クソオンナとクソババアなのだ。

 物語はふたりの主人公がそれぞれの「過去」と向き合い、いかに決着を付けるのかが大きなテーマになっていく。ジェニーの過去もかなり悲惨だが、トラウデの過去もそれ以上に悲惨だ。映画ではトラウデの過去を少しずつ小出しに観客に提示することで、観客の関心をトラウデの過去に強く結びつけていく。堅物のトラウデにも、美しく瑞々しい青春時代があった。彼女には音楽以外にも、愛すべきものが存在した。しかし彼女は最後に、意識してか無意識の内にか、愛の対象として音楽を選び取った。だが皮肉にも、そのことが彼女と音楽との関係を決定的に変えてしまうのだ。彼女はナチスの収容所だった刑務所に縛り付けられ、そこから離れることができなくなってしまう。宙ぶらりんのまま見失われてしまった彼女の愛は、新たに愛情を傾ける対象を求めてその場から離れられない。トラウデという女性は、そこで死んでいった愛の意味を探し求めてさまよう亡霊なのかもしれない。

 トラウデのジェニーへの気持ちには、少しばかり恋愛感情にも似たものが紛れ込んでいる。それは彼女がジェニーを通して、かつての愛を再発見したからだろう。ジェニーの権力に対する反骨精神が、刑務所という場所が、そして類いまれな音楽の才能がすべて結びつくことで、トラウデの中の遠い過去の記憶が甦ってくる。ラストシーンでジェニーが一人歩きをしていく時、愛を求めるトラウデの過去への旅はようやく結末を迎えることができたのだろう。彼女のキスは、遠い過去に対する決別の口付けなのかもしれない。

(原題:Vier Minuten)

11月10日公開予定 シネスイッチ銀座、シネマGAGA!ほか全国順次ロードショー
配給:ギャガ・コミュニケーションズ 宣伝:ギャガ宣伝【イチ】、アルシネテラン
2006年|1時間55分|ドイツ|カラー|ビスタ|DTS SR、DTS DIGITAL
関連ホームページ:http://4minutes.gyao.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:4分間のピアニスト
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