馬頭琴夜想曲

2007/06/12 映画美学校第1試写室
映画美術の世界で活躍する木村威夫の最新監督作。
イメージの源流はレオン・バクストだとか。by K. Hattori

 映画美術監督の木村威夫が、低予算で作り上げた実験的な短編映画。長崎の原爆、修道院に棄てられていた孤児、馬頭琴など、さまざまなイマジネーションが絡まり合いつつ進行していく、ミュージカル映画風であり、サイレント映画風でもある異色の作品だ。試写の前後に監督自身の話があって、「普通の映画はもう飽きちゃったんで」と笑いながら話をしていた。美術監督として何百本もの映画を作っているうちに映画文法の手練手管や約束事に辟易し、自分で自由に映画を作るならそこから離れたものをということらしい。

 55分しかない映画なのだが、うかつにも途中でウトウトしてしまい、半分以上は意識不明状態になってしまった。言い訳をするわけではないけれど、目が覚めているときに周囲を見回すと、試写室の3分の1ぐらいは寝込んでいたように思う。たまたまそういう時間帯だったのか。たまたまみんな体調が悪かったのか。それとも……。そんなわけで、以下の感想はたまたま目が覚めていた部分を観た上での断片的な印象記録。

 まず全体の作りが、ミュージカル風というか、オペレッタ風というか、歌で物語を綴っていく形式になっていたのには驚いた。しかも歌に合わせて、画面にはその歌詞が表示されるのだ。ただしこれが普通のミュージカル映画と違うのは、歌の場面が映画のハイライトシーンになっていないことだ。歌で物語のすべてを綴っていくので、感情的な盛り上がりがなくても画面に流れるのはすべて歌。曲調はクラシック風で、背景音楽にもグレゴリオ聖歌が使われていたりする。監督はこの映画を油絵になぞらえていたが、音楽の面でもこの映画は画面の隅々にまで色が塗り込められた厚塗りの油絵なのだ。ただしここに、具体的な何かの像が描かれているわけではない。何度も何度も色を塗り重ねて、キャンバス全体が具体的な像を結ばない色で埋め尽くされている。

 宣伝用チラシの文言を借りるなら、この映画は木村威夫の「表現主義者としての集大成」なのだとか。これは「表現者」ではなく「表現主義者」になっているのがミソだろう。この映画を何かにカテゴライズするとすれば、それは「表現主義の映画」ということになるに違いないからだ。監督自身はこの作品を、現在の主流映画とは違う場所に位置づけようとしている。その結果、この映画は『カリガリ博士』や『巨人ゴーレム』のような、1910年代から20年代の表現主義に近付いている。映画の中には、本当に未開拓の領域なんてものはほとんどない。新しいこと、人がやらないことをやろうとした結果、80年以上前の映画に近付いてしまうという面白さ。監督自身が1918年生まれだから、この映画は木村監督が生まれた当時の映画に近付いているわけだ。そういえば1910年生まれの黒澤明も、作品の随所に表現主義の影響が見え隠れしてましたっけ……。表現主義は今でも生きているのだ。

7月21日公開予定 シアター・イメージフォーラム
配給:太秦、エアプレーンレーベル 宣伝:太秦株式会社
2007年|55分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.airplanelabel.com/batokin/
DVD:馬頭琴夜想曲
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