夜よ、こんにちは

2006/04/07 メディアボックス試写室
赤い旅団のイタリア元首相誘拐殺害事件を映画化。
ただしフィクションも入ってます。by K. Hattori

 9.11テロの後しばらくの間、テレビでも新聞でも国際テロ組織「アルカイダ」の名前を見ない日はなかった。21世紀はテロの時代などと言われる。しかし世界のあちこちでテロリズムの嵐が吹き荒れていたという意味では、1970年代の方がテロの時代と呼ぶに相応しかったのではないだろうか。72年のロッド空港乱射事件に始まる日本赤軍の活動。PLO急進派によるミュンヘン・オリンピック事件も同年だ。アイルランド独立派のIRAもしきりにテロを繰り返していた。そんな世界的テロ旋風の中で、連日のように国際ニュースを賑わせていたのが、イタリアの「赤い旅団」だ。70年代末から80年代初頭にかけてのイタリアでは、赤い旅団とその周辺組織による誘拐事件が年間2千件を超え、死者も数十人から100人前後に達していたというから、その異常さがわかろうというものだ。(この当時の赤い旅団をモチーフにした映画には『イヤー・オブ・ザ・ガン』がある。)

 赤い旅団の悪名を世界的なものにしたのが、1978年に起きたアルド・モロ元首相の誘拐事件だった。この映画『夜よ、こんにちは』は、その事件をテロリストたちの側から描いている。ただし誘拐時に起きた警官との銃撃戦など、派手なアクションシーンは一切ない。映画の主人公は、誘拐犯たちが人質を隠すための部屋を借りた若い女性キアラ。彼女は計画の中心にいるメンバーだが、テレビニュースで仲間による元首相の誘拐成功を知り、部屋で人質の世話をすることになる。若いテロリストたちにとって、元首相は敵である体制側を象徴する存在だ。だがキアラは徐々に、この老人の高潔さに引きつけられていく。一方この事件をプロレタリア革命への大きな一歩にしたい赤い旅団のメンバーたちは、テレビや新聞を見ながら、自分たちの行為がまったく社会から好意的に受け取られていないことにイライラしてくる。

 この映画は実際の事件にピッタリと寄り添いつつ、想像力を膨らませて人間の虚しい「夢」を描いている。映画の中で一番印象的なのは、映画の最後に登場するヒロインの夢だろう。その夢の中で、モロは監禁されていた部屋を抜け出し、朝の街をひとり微笑みながら歩き回る。しかしそれは現実離れした夢。ヒロインの現実逃避なのだ。テロリストのメンバーたちも、やはり自分たちの夢を追っている。自分たちは社会の腐敗に挑戦する革命戦士であり、同じ社会悪に虐げられている一般市民からは、彼らの革命闘争が支持されていると考えているのだ。モロ元首相の誘拐は、彼らにとって夢を現実にする大きなチャンスだった。だが彼らの身勝手な夢は、大衆の拒絶という現実の前に崩れ去る。

 誘拐犯が支配する小さな部屋の中で、命の危険にさらされている人質のみが、現実を厳しい目で見つめている。これが現実を見る政治家と、夢を追う革命家の違いだろうか。現実主義の老人は、自分の死さえまっすぐ見つめるのだ。

(原題:Buongiorno, Notte)

4月29日公開予定 ユーロスペース
配給:ビターズ・エンド 宣伝:ムヴィオラ
2003年|1時間45分|イタリア|カラー|1:1.66|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.bitters.co.jp/yoruyo/
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