怪談新耳袋 ノブヒロさん

2006/04/05 メディアボックス試写室
若いシングルマザーにつきまとう前世からの因縁。
『怪談新耳袋』劇場版第3弾。by K. Hattori

 離婚して幼い娘をひとりで育てている悦子は、勤めているデザイン会社の仕事で画家の島崎ノブヒロと知り合う。彼は悦子に絵のモデルになってくれと頼み、彼女がそれを承知したことからふたりの関係は親しさを増すようになった。だが娘が高熱を出して悦子がノブヒロのアトリエを訪ねられなかった夜、彼は謎めいた自殺をする。それから悦子の周囲では、不思議な現象が次々起きるようになるのだが……。

 前世で心中した恋人同士が現世で巡り合い、再び心中への道を歩むことになるという因縁話。物語の最初と最後をぐるりとループにしたり、画家のノブヒロが描いた絵と現実との符合を暗示するなど、語り口としてはロジカルなものを狙ったようだ。しかし物語のあちこちに説明不足な空白が散在するため、逃げ道も出口もない恐怖が充満することなく、雰囲気や演出に頼る映画になってしまった。恐怖やサスペンスはそれが主人公にとってどうしても避けようのない事柄であるからこそ、観客がそこに共感したり同情したり感情移入できることが多い。この映画ではその点が、ちょっと緩いのだ。

 例えばシングルマザーであるヒロインの悦子は、子供が家でひとり留守番をしているにも関わらず、毎日のようにモデルとしてノブヒロのアトリエに通っている。彼女はそもそも、連日のようにひとりで残業しなければならないほど多忙だったのではないのか? おそらく彼女は、本当のところデザイナーとしての仕事もそれほど忙しくはないのだろう。にもかかわらず残業をしていたのは、子供をひとりで育てなければならない現実からの逃避だったのだ。だからモデル業という目新しい逃避場所が見つかれば、そちらに足が向かうようになる。そして子供は、それを敏感に察知しているだろう。

 映画には高橋和也演じる精神科医が登場するのだから、こうしたヒロインの心理を合理的に分析してみせればよかったのだ。彼女が幽霊を見るのは、彼女自身の罪の意識の現れなのだ……とかなんとか、精神分析めいた理屈をつけて不合理な現象に一通りの説明をしてしまえばよかった。そうすればここで、ヒロインの逃げ道がふさがれる。あらゆる合理的説明の細部から不合理な現実が突出してきたとき、そこに初めて本物の恐怖が芽生えるのだ。

 映画で一番よくわからなかったのは、ノブヒロが自分を祖父の生まれ変わりだと信じていたのは事実としても、悦子が自分をどう考えていたのかだ。彼女はノブヒロの幽霊に追い詰めらる中で、自分の前世を思い出したのだろうか? それとも「生まれ変わり」はやはり、ノブヒロの勝手な思い込みに過ぎなかったのか? 問題はこれが思い込みの結果だった場合、映画の中では輪廻転生という超自然現象が不合理だという理由で退けられながら、妄執による幽霊という超自然の不合理を退けないアンバランスさが生じることだろう。こうした不確定要素ゆえに、平田満の熱演も空回りしている。

初夏公開予定 シネマート六本木
配給:パンドラ 宣伝:ライスタウンカンパニー
2006年|1時間29分|日本|カラー
関連ホームページ:http://actcine.com/sinmimi/
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