春が来れば

2006/02/10 SPE試写室
落ちこぼれ音楽教師が田舎中学の吹奏楽部を指導。
チェ・ミンシク主演の音楽もの。by K. Hattori

 一流演奏家を目指しながら夢が叶わぬまま中年になってしまったトランペット奏者が、地方の中学でブラスバンド部の指導をする中で人間的に成長していく物語。『陽のあたる教室』と『天使にラブ・ソングを2』に『ブラス!』の要素を加味して、湿度の高い韓国映画特有の情味で味付けしたような作品。監督は本作がデビュー作となるリュ・ジャンハ。主演はチェ・ミンシク。

 ダメ男が子供たちを指導する中で人間的に成長再生していく物語はハリウッド映画でも定番で、『がんばれ!ベアーズ』や『飛べないアヒル』などスポーツ映画に秀作が多い。しかしこの映画はそうしたダメ男再生のドラマをきわめてリアルに描くことで、ハリウッド流のカラリと明るいコメディとはまったく異なった大人の映画に仕上げている。ダメ男にはダメ男なりの悲しみがあり、自分の弱さと向き合えない意気地のなさがある。自分の中に残るちょっとしたプライドを捨てきれず、どっちつかずの中途半端な人生を送るしかない自分を情けないと思いつつ、それを改められないふがいなさ。映画はそれを、韓国東部にあるトゲという寂れた炭鉱町の冬景色の中で展開させるのだ。湿った雪がゆっくりと降り積もる薄暗い風景。独り暮らしの寂しい部屋。鍋から直接食べるインスタントラーメン。なんとも暗くて重い映画ではないか。

 しかしこの映画の巧いところは、こうした暗くて重いリアルな生活描写を通して、冬がやがて春の暖かさに包まれる明るい物語になっていることだ。過疎の中学のオンボロ吹奏楽部は主人公の指導で復活し、コンクールで素晴らしい演奏を披露する。主人公は別れてしまった恋人との関係を復活させる。すべてが八方ふさがりに見えた物語は、暖かな日差しの中へと一歩も二歩も前進していくのだ。すべてが解決して万歳三唱のハッピーエンドにせず、ラストシーンに余韻を持たせて終わらせるところは日本人好みかもしれない。

 僕自身も田舎の中学でブラスバンド部に所属していたことがあるので、この映画の中学生部員たちには親近感を感じた。やることなすことすべてが中途半端になっている中年男という主人公は、まるで今現在の自分自身を見ているようで身につまされる。(最近学校の講師も始めたしなぁ……。)まあそんなわけで、この映画は僕の個人的な境遇や嗜好にとてもマッチしてしまったわけだが、たぶん他の人が観てもちゃんと面白いと思う。

 過去の名作映画からの引用を思わせる場面もいくつかあって、映画ファンにとってはそれもまた嬉しいのではないだろうか。主人公と中学生たちが炭鉱の坑道出口で演奏する曲は、エルガーの「威風堂々No.1」。これは映画『ブラス!』のラストシーンでも演奏されていた曲だが、あの映画も寂れた炭鉱町のブラスバンドが主役だった。主人公の教え子が海岸でトランペットを吹く場面は、フェリーニの『道』だろう。元ネタがわかっていても感動するぞ!

(英題:Springtime)

3月公開予定 シネマスクエアとうきゅう
配給:ソニー・ピクチャーズ エンターテインメント
2004年|2時間8分|韓国|カラー|ビスタ|ドルビー・デジタル
関連ホームページ:http://www.sonypictures.jp/movies/springtime/
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