ヨコハマメリー

2006/02/03 松竹試写室
全身白づくめの老婆「ハマのメリーさん」の実像とは……。
昭和戦後史を描くドキュメンタリー。by K. Hattori

 中学生の頃から横浜で暮らしていたので、「ハマのメリーさん」のことなら僕も知っている。全身白ずくめで、顔も白塗りの老婆だ。かなりの高齢でありながら、現役の娼婦だとクラスメートから聞いた。それが本当なのか、根も葉もない噂話に過ぎないのかはわからない。だが伊勢佐木町や関内近辺を歩いていたとき、何度か見かけたメリーさん本人は、周囲に人を寄せつけないような独特のオーラがあった。娼婦か否か以前に、そもそも正気なのか否かが、僕には正直よくわからなかった。僕はその後横浜を離れ、伊勢佐木町界隈にも滅多に行かなくなってしまった。だがもう10年以上前から、メリーさんは伊勢佐木町に姿を現さなくなったのだという。いったいメリーさんとは何者だったのだろうか? この映画はメリーさんと直接間接に関わりを持った人々を取材しつつ、彼女と共に歩んだ横浜という街の戦後史と、そこに暮らす人々の姿を浮き彫りにするドキュメンタリー映画だ。

 メリーさんの正体を詳しく知りたい人にとって、この映画は肩すかしかもしれない。映画を観ても、彼女のことは結局ほとんど何もわからないからだ。彼女はどこから来て、どこへ消えたのか。彼女はなぜ横浜に流れ着き、なぜ異形の「ハマのメリーさん」として横浜の名物になったのか。それらはまったくわからない。メリーさんそのものは、やはり永遠の謎だ。その代わり、この映画はメリーさんの周辺を掘り下げていく。横須賀から横浜への彼女の足跡、彼女の現役時代を知る人々の証言、彼女と同じ時代を横浜で過ごした人たち、彼女と直接間接に関わりのあった人たち……。こうして周囲を掘り下げていくことで、そこには登場しないメリーさんという人物の姿が浮かんでくる。

 今ではすっかり普通の地方商店街と変わらなくなっている伊勢佐木町界隈だが、昭和30年代から40年代には、首都東京と違う、港町横浜独自のアイデンティティが街に存在した。メリーさんが横浜に流れ着いたのは、ちょうどそんな時代だったらしい。(それ以前は横須賀で「皇后陛下」と呼ばれていたという。)黒澤明の『天国と地獄』は昭和38年の作品だが、そこには当時の伊勢佐木町の様子が映画的に再現されている。劇中に登場する酒場のモデルになったのは、24時間営業の「根岸家」という実在の酒場。映画の中では今やすっかりいいお爺さんたちになった元不良少年たちが、今はなき根岸家の跡地を訪れる場面が印象的だ。

 映画の主役はメリーさんだが、この映画のもうひとりの主役と言えそうなのが、横浜でシャンソンバーを経営する歌手の永登元次郎さん。晩年のメリーさんにとって数少ない友人だった彼が、横浜を去ったメリーさんに会いに行くラストシーンは感動的。人は移り変わり、街も変わっていく。元次郎さんもメリーさんも既に亡くなった。しかし「ハマのメリーさん」の記憶は、この映画の中で今しばらく生き続けることだろう。

4月公開予定 テアトル新宿、横浜ニューテアトル
配給:ナインエンタテインメント 配給協力・宣伝:アルゴ・ピクチャーズ
2005年|1時間32分|日本|カラー|スタンダード
関連ホームページ:http://www.argopictures.jp/
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