リチャード・ニクソン暗殺を企てた男

2005/05/25 映画美学校第2試写室
74年に実在したハイジャック未遂事件の映画化。
ショーン・ペンはやっぱり上手い。by K. Hattori

 今から30年ほどのアメリカに、民間航空機を乗っ取ってホワイトハウスに激突させ、当時大統領だったリチャード・ニクソンを暗殺しようと考えた男がいた。まるで9.11テロを予告するようなこの計画の立案者は、サム・ビックという元事務用家具のセールスマン。妻と離婚し、仕事もうまくいかなくなった彼は、社会から孤立し、被害者意識の中に深く浸っていく。やがて彼の歪んだ復讐心の矛先は、彼を取り囲む世界全体に向けられた。その「世界」の象徴が、ウォーターゲート事件で連日非難を浴びるニクソン大統領だったのだろうか……。通り魔事件などによくある「仕事も家庭もうまくいかず、むしゃくしゃしてやった」とうい犯行動機を、微細に描写するとこうなるのかもしれない。

 監督・脚本はニルス・ミュラーという新人。もともとまったく別の脚本についてリサーチする中でサム・ビックの事件を知り、自分の構想と実話を結びつけてこの映画を作ったという。この映画は実話を基にしているが、実話から発想されたのではないという点がユニーク。もともと監督の想定していたキャラクターがあって、そこに実話の人物の輪郭線を与えたのがこの作品。事件そのものの詳細は実話の通りだが、主人公の内面的なキャラクターなどは映画のオリジナルだろう。また周辺人物の名前なども変更されているという。

 物語は主人公サムの一人称で語られる。彼は自分が崇拝する指揮者レナード・バーンスタインに自分の肉声で語りかけたテープを残したそうで、映画では主人公のこの「語り」が効果的に使われている。サムを演じているのはショーン・ペン。その妻役にナオミ・ワッツ。友人役にドン・チードル。職場の上司にジャック・トンプソンといった配役。小さな映画だが、演技力に定評のある出演者に恵まれて見応えのある作品になっている。しかし何といっても圧巻なのは、やはりショーン・ペンの存在感だろう。サムという男の駄目っ振りを、じつにリアルに演じている。

 彼の失敗の原因を、すべて周囲のせいにするサム。自分は正直者で嘘をつきたくないだけなのに、周囲は口先ひとつで調子よく世の中を渡っていく。自分の不器用さ正当化し、やがて絶対化するようになると、彼以外の者たちは不誠実で真実も正義もない連中ということになる。だがそこからひとりだけ除外されているのが、サムの別れた妻だ。彼は元妻を偶像化し、彼女とやり直すことさえできれば、すべての問題は解決すると信じ込む。

 実録映画はドキュメンタリー風のリアリズムに走ることが多いが、この映画は主人公の人物像を事細かく丁寧に描写していくことで、映画としての比類なきリアリズムを獲得している。郵便ポスト脇のごみ箱を蹴飛ばした後、散らばったゴミをいちいち集めて回るサムのしぐさなどはその典型。世渡り下手の小心な男が、独りよがりな正義感に逃げ込んでいく様子が様子が悲しい。

(原題:The Assassination of Richard Nixon)

6月11日公開予定 テアトルタイムズスクエア
配給:ワイズポリシー、アートポート 宣伝:楽舎
2004年|1時間36分|アメリカ、メキシコ|カラー|1:1.85|ドルビーSR、ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.wisepolicy.com/the_assassination_of_richard_nixon/
DVD SpecialShop DiscStation 7dream_88_31 TSUTAYA online
ホームページ
ホームページへ