ラヴェンダーの咲く庭で

(原題:レディース・イン・ラベンダー)

2005/1/13 日本ヘラルド映画試写室
海辺に流れ着いた青年と老姉妹の交流を描くイギリス映画。
マギー・スミスとジュディ・デンチの名演技。by K. Hattori

 第二次大戦前夜のイギリス。小さな村にある海を見下ろす丘の上に、ジャネットとアシュラという年老いた姉妹が暮らしている。何も事件のない平穏な日々。だがある朝、嵐の海に投げ出されたポーランド人の青年アンドレアが海岸に流れ着く。言葉も通じないこの青年を介抱し、少しずつ心を通わせていく老姉妹。だがこの美しい青年に、妹アシュラは特別な感情を抱きはじめていた……。

 姉ジャネットを演じるのはマギー・スミス、妹アシュラを演じるのはジュディ・デンチ。海辺に流れ着いた青年アンドレアを、『グッバイ、レーニン』のダニエル・ブリュールが演じている。海辺の風景に老姉妹という組み合わせは『八月の鯨』を連想させるが、今回の映画は姉妹や周囲の人々との交流よりも、年老いた女性が青年に出会って恋をするという状況に焦点が当てられている。繰り返される平凡な毎日の中で静かに枯れて老いて行くばかりだった女性が、外国人青年との思いがけない出会いをきっかけに、自分自身ですら考えもしなかった激しい感情に突き動かされるようになる。

 この映画の優れた点は、主人公の気持ちの揺れ動きを過去と結びつけつつも、徹底して「今この時」しか描こうとしないことだ。ジャネットとアシュラという姉妹が歩んできた道のり、その歴史、過去の恋愛や結婚生活など諸々の事柄を、言葉で説明しないし回想シーンを入れるわけでもない。すべての過去は「今この時」の中に凝縮している。姉妹が見せるしぐさ、口ぶり、表情、食事の作法、服装、家政婦や村人たちとの関わりなど、暮らしのありよう全体から、この姉妹のこれまでの歩み全体が察せられる。

 言葉や小道具などを使った状況説明と心理描写を抑制し、俳優の表情や動作に大きく頼った演出は舞台劇を見るような生身の迫力がある。監督は俳優のチャールズ・ダンスでこれが監督デビュー作だが、ベテラン俳優の芝居に安心して依存している余裕が見て取れる。これは俳優同士だからこそ理解し合える、信頼関係のたまものだろうか。この映画のジュディ・デンチは最高。下手をすると「年寄りのくせに若い男に熱を上げて」と馬鹿にされたり薄気味悪がられたりしそうな役回りだが、恋に戸惑う女心をきれいに演じている。妹の気持ちを察してはらはらするマギー・スミスもいい。

 姉妹の心の動きが丁寧に綴られているのに比べると、アンドレア青年の描き方はきわめて淡白。そもそもこの青年がどこから来て、どこに行くつもりだったのかすらわからないのだが、それでも映画の中で必要とされる役にきちんとはまって不足がない。老姉妹の暮らしに小さなつむじ風を呼び込むトリックスターが彼の役回りなのだろう。

 なおヒロインの名前アシュラは「阿修羅」を連想させるが、これは4世紀の処女殉教者「聖ウルスラ」から取られた名前。映画の中のアシュラもまた、結婚経験のない処女ということらしい。

(原題:Ladies in Lavender)

初夏公開予定 Bunkamuraル・シネマ
配給:日本ヘラルド映画 宣伝:樂舎
2004年|1時間44分|イギリス|カラー|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.herald.co.jp/
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