舞台よりすてきな生活

2004/09/02 メディアボックス試写室
大人になり切れない劇作家役をケネス・ブラナーが好演。
ロビン・ライト・ペンもよかった。by K. Hattori

 かつては「怒れる若者たち」の代表として演劇界に旋風を巻き起こした劇作家のピーター・マクガウェンだったが、ここ数年はひどいスランプに悩まされていた。妻とふたりの生活に不満はないが、最近は妻が子供を強く求めていることもプレッシャーだ。集中して仕事ができる環境がほしいのに、通りの向かいには子供のいる家族が引っ越してくる。隣家で飼い始めた犬は夜中に吠える。さらに家の近所には、自分の名をかたるニセモノが徘徊しているらしい。そんな中で書き始めた起死回生の新作は、リハーサルをしても俳優や演出家のウケがひどく悪い。何度目かの直しの後、稽古場で「台詞に登場する子供にリアリティがない」と言われたピーターは、家に頻繁に出入りするようになっていた通りの向かいの少女エイミーを観察し始めるのだが……。

 脚本家マイケル・カレスニコの監督デビュー作で、脚本ももちろん彼自身が書いている。主人公ピーターを演じるケネス・ブラナーは、彼自身がかつて演劇界と映画界で大旋風を巻き起こしたキャリアの持ち主ということもあり、今回の役にはまさに打って付けの俳優だろう。その妻メラニーを演じるロビン・ライト・ペンが、偏屈で怒りっぽいピーターというキャラクターをふんわりと受け止めている。映画のクライマックスで、日頃は穏やかなメラニーがとうとうかんしゃく玉を炸裂させる場面は、ペンの感情に訴えかける芝居がうまく映画に生かされた場面だと思う。

 この映画のテーマは、「人間はいかにして大人になるか」ということなのだと思う。「人間は」の部分を「男は」に置き換えてもいい。かつて「怒れる若者」と呼ばれたピーターは、白髪混じりの中年になった今でも、大人になることを拒否している。彼が子供を拒否するのは、彼自身がずっと子供でいたいという意思の表れなのだ。痴呆の義母がピーターに向かって「ずいぶん年を取ったのね」とか「昔は怒れる若者だったわ」などとつぶやいてみせる台詞のひとつひとつが、ピーターという男の重ねてきた年月と、それにも関わらず少しも成長していない内面の的確な批評になっている。

 精神的に子供のままでいる人間が、一番手っ取り早く大人になる方法は、自分が「親」になることだろう。でもこの映画では、そんな手っ取り早い解決法を観客に提示しないのがお見事。主人公たちは足の弱い少女エイミーと関わりを持つことで親に似たものになるが、それは結局のところ「良き隣人」という域を乗り越えられない。ここで子供の教育問題に口を出したピーターに、「あなたは意見は出すぎたものだ」「私たちの領分ではない」と言うメラニーは、ピーターに比べてずっとずっと大人に見える。

 思うがままにならない人生の不可解さと、それでも何となく事態が丸く収まってしまう可笑しさ。ラストシーンで妻と並んで座るピーターの姿には、成長した「大人」の頼もしい姿が見える。

(原題:How to kill your neighbor's dog)

2005年正月公開予定 銀座テアトルシネマ
配給:キネティック
2000年|1時間38分|アメリカ|カラー|アメリカン・ビスタ|Dolby SR、SRD
関連ホームページ:http://www.butaiyori.com/
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