ミラーを拭く男

The Man Who Wipes Mirrors

2004/05/14 松竹試写室
定年間近の男が家を飛び出してカーブミラーを拭き始める。
最後までその理由がわからないのがいい。by K. Hattori

 家の近くで小さな交通事故を起こした定年間近のサラリーマンが、全国にあるカーブミラーを拭くため自転車でひとり旅を始める。家族にも黙ったまま、北海道からくまなく全国を回るという途方もない旅だ。やがて男の旅をテレビ局が取材するようになり、男は一躍全国区の有名人になる。そんな男のミラー拭きに共感し、手伝いたいと言う協力者も現れるのだが……。

 主人公の皆川勤を演じるのは緒形拳。その妻・紀子を栗原小巻が演じ、夫婦の子供をDA PUMPの辺土名一茶と「ちゅらさん」の国仲涼子が演じている。監督は『四畳半襖の下張』『有楽町夜景』『赤い帽子の女』などの作品を発表している梶田征則で、これが本格的な劇場映画デビュー作。映画のきっかけになったのは、監督の父親が定年直前に小さな交通事故を起こし、そのまま鬱病になってしまったという実体験にあるという。本作のプロデューサー大橋孝史の父親も、やはり定年を目前にして軽い鬱病になり会社を辞めてしまったのだという。映画の中でも語られているが、還暦や定年を迎える60歳前後の男性というのは、何かと問題を抱えた難しい年頃なのかもしれない。

 だが60歳前後の男性にとって、一体何が問題なのか? 何がどう難しいのか? これは映画を観てもさっぱりわからない。定年直前になって突然出社拒否症に陥り、家族に何の相談もなしに、突然カーブミラー拭きの全国行脚へと飛び出していってしまう主人公。何が彼をカーブミラー拭きに駆り立てているのかという答を、この映画はまったく用意していない。これは何も考えていないわけではなく、映画の作り手たちは考えに考えた末、あえて主人公の抱えた「問題」に回答を与えないことを選択したのだ。

 カーブミラーを拭かなければならない理由は、映画を観ながら幾つも思いつく。だがそこで出てきた理由を、映画は片っ端から潰していく。交通安全のため? 交通事故で亡くなった少女の供養のため? 行政に対する批判? 売名のためのデモンストレーション? 答はすべて「否!」なのだ。おそらく自分がなぜミラー拭きに取りつかれてしまったのか、ミラーを拭き続けている本人にもよくわかっていないのだろう。だがそのわからなさが、この主人公の人物像をより奥行きのあるものにしている。ミラー拭きにさっさと理由を見つけ、テレビカメラに向かって堂々と語りかける津川雅彦の安っぽさよ!

 この映画は最後の最後になって、物語のテーマを「夫婦」という関係に着地させる。子供はもういない。還暦を迎えた男は、妻と一緒にまったく新しい旅に出る。ふたりの姿は、まるで30年ぶりに新婚旅行をしているような初々しさだ。いささか理想化されすぎている気はするが、物語が社会的な問題からさっと視線をそらし、夫婦ふたりきりの極めてパーソナルな領域へと向かう様子は爽やかだ。

8月7日公開予定 テアトル池袋
配給:パル企画
2003年|1時間57分|日本|カラー|ビスタサイズ|ハイビジョン撮影
関連ホームページ:http://www.mirrors.jp/
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