心の羽根

2004/02/10 松竹試写室
事故で息子を失った主婦がたどる長くて孤独な心の旅。
象徴的な映像と抜群の編集センスに感服。by K. Hattori


 ベルギーの小さな町で、親子3人で暮らすシャルリエ家。夫のジャン=ピエールは地元の工場で働いているが、工場では常にリストラの噂が出ている。仕事の先行きはいつも不透明だ。妻のブランシュは幼稚園に勤め、5歳の息子アルチュールはその幼稚園に通っている。豊かではないが、平和で穏やかな暮らしがそこにはある。渡り鳥が空を飛ぶ、あの秋の日までは……。

 ある日ブランシュがふと目を離したすきに、アルチュールが幼稚園から姿を消してしまう。空を飛ぶ渡り鳥を追って、誰にも観られないまま幼稚園から外に出てしまったのだ。彼はそのまま消えてしまった。警察や地元ボランティアの必死の捜索。やがてアルチュールの死が確認されるのだが……。

 監督はこれが長編デビュー作だというトマ・ドゥティエール。ジャン=ピエール役のフランシス・ルノーは『ピガール』や『堕ちてゆく女』などの出演作が日本で公開されているが、ブランシュ役のソフィー・ミュズールはまったく無名の舞台女優。この配役はかなり地味なものだ。映画はおもに2つの視点で語られる。ひとつはヒロインであるブランシュのごく個人的な視点。もうひとつは同じ地域に暮らす孤独な青年フランソワの視点だ。このフランソワはかなり奇妙な青年で、周囲の同世代の若者たちから完全に浮き上がって馴染むことのできない疎外者だ。息子を失い周囲から少しずつ遊離していくブランシュは、いつしかこの青年と孤独を共有するようになっていく。

 映画の冒頭にあるカワセミの飛び込みを皮切りにして、この映画は大胆で象徴的なイメージが次々に登場してくる。しかもイメージとイメージのつなぎが鮮烈。何気ない情景や風景を思い切ってつなぎ合わせ、観客がハッと息をのむ心理的なショックを作り出している。アルチュールが姿を消し、ブランシュの精神が失った息子を求める長い旅を始めるあたりから、映像はさらに大胆さを増していく。葬儀に集まった人々の姿が、カメラ前を人が通過するたびに増えていくという編集はありがちなものだとも思ったが、室内シーンで突然次の場面にある落ち葉が舞い始める映像のずり上げには驚かされた。音だけ前のシーンにずり上げることはよくあるけれど、映像のずり上げというのは初めて観た。このシーンによって、ブランシュが既に正常な時間感覚を失っていることがわかるのだ。

 この映画を観て僕はフランソワ・オゾンの『まぼろし』を思い出したのだが、ほとんど台詞を使わず、イメージの連鎖だけでヒロインの心の痛みを描き出したこの『心の羽根』の方が、映画としての純度は高いように思う。『まぼろし』がアルコール度14度のワインだとすれば、『心の羽根』は40度以上の蒸留酒だ。同じようなテーマを描きながらも、味わいはかなり異なっている。どちらを美味いと感じるか、どちらが飲みやすいと感じるかは人によって好みが別れるだろう。

(原題:Des plumes dans la tete)

GW公開予定 ユーロスペース
配給:オフィスサンマルサン 宣伝:グアパ・グアポ
2003年|1時間50分|ベルギー、フランス|カラー|ビスター|ドルビー
関連ホームページ:
http://www.sanmarusan.com/hane/

DVD:心の羽根
関連DVD:トマ・ドゥティエール監督
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関連DVD:アレクシス・デンドンケル

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