スーツ

2003/11/05 オーチャードホール
大人になりたくてもなりきれない少年たちの青春物語。
1着のスーツが大人の世界を象徴している。by K. Hattori


 黒海沿岸の小さな町で、学校を出たまま仕事もせずにブラブラしている悪童3人組。同じようにブラブラしている悪童グループとケンカをするぐらいしか能がない3人が、一目見たとたん心を引かれたのは、目抜き通りのショーウィンドウに陳列してあるブランドものの高級スーツだった。何としてでもスーツを手に入れたい。夜中にガラスを割ってスーツを盗もうとして失敗した3人は、地元のやくざの仕事を手伝って金を作ると、ようやくスーツを手に入れることに成功する。(ただし3人で1着だけど。)3人はスーツを着ることで、その時だけはちょっと大人になれた気がするのだった……。

 『ルナ・パパ』のバフティヤル・フドイナザーロフ監督が作った、純度100%の青春映画。タイトルになっている1着のスーツは、主人公の少年たちにとって「大人の世界」の象徴だ。主人公たちは「非力な子供」である自分に嫌気がさしている。彼らは早く大人になりたいのだ。一人前の大人になれば、自分たちを縛っているうっとうしい現実から抜け出せるに違いない。大人になって力を手に入れたい。大人になって自由になりたい。子供扱いされて何も言えない現実から、とっとと抜け出してしまいたい……。

 まぁ現実には大人には大人の事情というものがあって、大人だからといってそれほど力があるわけでも自由なわけでもない。ましてや、スーツを着ればそれで大人になれるわけでもない。馬子にも衣装でそれなりに見えても、一皮むけばガキはガキのままだ。しかし「大人になりたい」「大人に見られたい」と思い背伸びする気持ちは、おそらく誰にだって理解できると思う。古今東西、そうした気持ちを持たずに大人になった人間なんていないと思う。幼い頃には「永久に子供でいたい」と思っていたとしても、肉体的にも社会的にも大人と子供の中間でウロウロしている青春時代には、その中途半端な状況に我慢できなくて一刻も早く大人になってしまいたいと思うものなんじゃないだろうか。

 映画はものすごくテンポが速い。登場人物たちの感情表現も過激だ。この騒々しさは、この監督の持ち味かもしれない。怒鳴り、暴れ、泣きわめく、登場人物たちの強烈な個性。感情が高ぶると突如としてダンサーが登場するなど、インド映画も真っ青の心理描写ではないか。常に躁状態のこうした騒々しさが、青春時代の祝祭性をうまく表現していると思う。青春時代なんて本当は退屈なんだけど、後から振り返ると結構波瀾万丈だったような気もしてくるもの。そのノスタルジーが、この騒々しさとうまく重なり合うのだ。

 わかりにくいところや意味不明な描写は皆無。騒々しさやけたたましさに好き嫌いはあるだろうが、一度これにはまってしまうとそれが心地よい。娯楽映画としてのツボをきちんと押さえた、青春映画の秀作です。恋愛がらみのエピソードに、もう少し粘っこさがあるとさらによかったかも。

(原題:Shik)

第16回東京国際映画祭 コンペティション作品
配給:未定
(2003年|1時間32分|ロシア、ドイツ、フランス、イタリア、ウクライナ)
ホームページ:
http://www.tiff-jp.net/

DVD:スーツ
関連DVD:バフティヤル・フドイナザーロフ監督

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