ウィニング チケット

2003/11/05 ル・シネマ1(マスコミ試写)
サッカーくじで大当たりを出した男が巻き込まれる悪夢のような日々。
ハンガリー事件についての予備知識が必要。by K. Hattori


 1956年のハンガリー。小さなアパートで家族と間借り人を含む大所帯の生活をしていた男が、何の気なしに買ったサッカーくじで大当たりを出す。その金額はなんと年収100年分に相当する。ところが持ち慣れない大金を手にした男は、それだけでもう冷や汗たらたら。周囲の人間が全員、自分の金を狙っているように見えて仕方がない。男は銀行に金を預けようとするのだが暴動でそれを阻まれ、仕方なしに大金入りの鞄を持って家に帰る。家の中に金の隠し場所はない。どこか人目の付かない場所に埋めてしまおうか……。だが間もなく町は、戦争さながらの混乱状態になってしまう。

 1956年に起きたハンガリー事件を背景にしているため、この事件についての予備知識がないと何がなんだかさっぱりわからない。僕はあいにくこの事件について無知だったので、帰宅して百科事典を調べて初めて「なるほど、そういうことだったのか」と腑に落ちることになった。

 1953年にソ連でスターリンが死ぬと、ハンガリーにはリベラル派のナジ・イムレ政権が誕生する。この政権はわずか2年で旧勢力の巻き返しにあうのだが、これに抗議した労働者や学生たちは、旧勢力の排除とナジ復活、政治的な自由などを求めてデモを起こす。政府は急遽ナジの首相復帰を決定するが、同時にソ連に対する軍事介入を要請。これが市民の反ソ連感情を刺激して、事態はますます混乱する。ナジ首相による新内閣誕生と同時にソ連軍は撤退を始めるが、新政権が市民の声に押されて複数政党制を認めたり、ワルシャワ条約機構脱退を表明したりするに至って、ソ連はこれを衛星国の造反(反革命)と判断。ソ連は大規模な軍事介入を行って、13日間に渡るゴタゴタに終止符が打たれる。事件による死傷者は1万数千人。亡命者は20万人。ナジは捕らえられて58年に処刑されたという。これが「ハンガリー事件」のあらましだ。

 この事件はそれまでソ連の共産主義に親近感を持っていた西側知識人たちを震撼させたというが、何しろ半世紀近く前に起きたことなので、事件をリアルタイムに知る人たちはかなり年輩者に限られるだろう。このような映画を今ハンガリーで作る意義はなんとなくわからぬでもないが、それを日本人を含む外国人が観ても、正直言ってあまりピンと来ないと思う。

 もちろん1945年8月15日が日本人にとって説明不要なように、ハンガリー人にとって1956年10月23日は説明不要なのだろう。ハンガリー人がこの映画を観る限り、この映画にこれ以上の説明は不用なのだ。でももし今後どこかの配給会社がこの映画を買って日本で上映しようとするのなら、よほどの工夫がないと日本人には映画の意図も意味も伝わらないと思う。映画に国境はないというのはウソだ。国際映画祭というのは、そんな当たり前のことを改めて思い知らされるいい機会になっているのかもしれない。

(原題:Telitalalat)

第16回東京国際映画祭 コンペティション作品
配給:未定
(2003年|1時間35分|ハンガリー)
ホームページ:
http://www.tiff-jp.net/

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