わが故郷の歌

2003/10/17 松竹試写室
『酔っぱらった馬の時間』のバフマン・ゴバディ監督最新作。
イラクによるクルド人虐殺の悲劇を描く。by K. Hattori


 デビュー作『酔っぱらった馬の時間』が日本でも公開されているイランのクルド人監督バフマン・ゴバディの新作は、イラン・イラク戦争直後に起きたイラクによるクルド人虐殺をモチーフにしたロードムービーだ。主人公はイランのクルド人歌手ミルザと、彼のふたりの息子たち。平和に暮らすミルザのもとに、ずっと昔に同僚の音楽家と駆け落ちした元妻ハナレから「会いたい」という便りが届く。そのメッセージにただならぬものを感じたミルザは、音楽家の息子ふたりとイラクのクルド人地区へ向かおうとするのだが、息子たちはこの旅にまったく乗り気ではない。既に中年に達しているふたりの息子には、それぞれの生活があるのだ。父親にとっては「元妻」かもしれないが、自分たちにとっては赤の他人じゃないか。だがミルザはなんとか息子たちを言いくるめて、遠い旅へと出発するのだった……。

 映画は前半と後半にきれいに二分されている。前半はイラン領クルディスタン(クルド人地区)の砂埃が舞う乾いた土地が舞台で、コミカルでユーモアたっぷりの珍道中が描かれる。ところが国境の山を越えてイラク領に入ると、そこは一面が真っ白の雪景色。風景から温もりが消えるだけでなく、物語も暗く重く沈痛なものへと変化する。そこにあるのは、イラク軍によるクルド人虐殺だ。爆撃されて火柱の上がる村。掘り返された穴から次々に運び出される虐殺死体。泣き叫ぶ女たち。軍に追い立てられて無人になったクルド人集落。男たちは強制的に軍に徴用され、あるいはむごたらしく殺されて、難民キャンプには女たちしか残されていない。

 クルド人が味わうまったく異なったふたつの現実。しかしそれは別々の場所で起きていることではなく、徒歩でひとつ山を越えたすぐ隣で起きていること。暮らしているのも赤の他人ではなく、イランのクルド人にとっては自分たちの家族、我らが同胞の悲劇なのだ。この映画は国境をはさんで、クルド人の家族が引き離されたり、結びつけられたりする物語になっている。イランの大歌手ミルザは、イラクにいる元妻を探している。息子のバラートはイラン側でひとりの娘に恋をし、イラク側でその娘と再会する。もうひとりの息子アウダは、イラン側で得られなかった息子を、イラク側で手に入れる。この映画の主人公となった3人の男たちにとって、家族はすべてイランとイラクの国境にまたがって存在してるわけだ。ふたつの土地が同じひとつの空の下に存在することは、いつも聞こえている飛行機の爆音によって象徴的に示されてもいる。

 主人公を演じた3人の男たちがじつに個性的な顔をしていて、映画を観ている人はすぐに彼らが好きになってしまうだろう。ひげ面のいかめしい顔つきはハリウッド映画なら悪役だが、この映画では人好きのするチャーミングなものに見える。映画は前半の方が楽しいが、後半の緊迫感あればこそ前半も引き立つのだろう。

(原題:Gomshodei dar Araq)

2004年2月21日公開予定 岩波ホール
配給:オフィスサンマルサン 宣伝:ムヴィオラ
(2002年|1時間40分|イラン)
ホームページ:
http://www.iwanami-hall.com/

DVD:わが故郷の歌
関連DVD:バフマン・ゴバディ監督

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