10話

2003/06/02 映画美学校第2試写室
イランのアッバス・キアロスタミ監督によるDV撮影作品。
車の中で起きる10の出来事を固定カメラで撮影。by K. Hattori

 『桜桃の味』でカンヌ映画祭パルムドールを受賞しているアッバス・キアロスタミ監督の最新作は、1台の車の運転席と助手席だけですべてのドラマが完結するデジタル・ビデオ撮影作品だ。物語の舞台はテヘランの市街地。ひとりの女が運転する自動車の助手席に、彼女の息子、姉、友人、見ず知らずの女たちなどが、次々と乗り込んでは会話を交わす。映画はその様子を、全部で10のエピソードに分けて観客に提示する。

 自動車のダッシュボード上に2台のデジタルカメラを据え付け、カメラを回しっぱなしにして撮影している。撮影現場には登場する役者たちのほかに、監督もスタッフも存在しない。カメラの映像は常に同じアングル、同じピントで微動だにしない、まるで防犯カメラのような映像だ。(カットごとに微妙にカメラの角度が違うのは、別々の日程で撮影する際、カメラが動いてしまったからだと思う。)1台のカメラは運転席のヒロインを撮影し、もう1台のカメラは助手席の様子を映し出す。ふたつのカメラの視野が交差することはない。つまり登場人物たちがそれぞれの座席に座っている限り、この映画の中に「ツーショット」の映像は存在しないのだ。

 映像としては無味乾燥で、面白味のないものだと思う。しかしこうして映像を無味乾燥、無色透明な存在にすることで、カメラの前で演じられている芝居が俄然リアリティを生み出す。事前に役者たちは芝居のシチュエーションだけを告げられ、実際の芝居はほとんどが即興なのだという。監督やカメラマンが役者のそばから離れ、役者たちが「放し飼い」状態で演じた芝居のテープは23時間分。それを素材として、1時間半強に編集したのがこの映画というわけだ。監督の仕事は映画の段取りを決め、素材を取捨選択して編集すること。シチュエーションだけを決めて即興で芝居を作っていく映画は多いけれど、ここまで役者の自由裁量に任されてしまう映画も珍しいのではないだろうか。

 エピソードによっては2台のカメラを通常のマルチカメラのように使い、会話シーンで映像を切り返して編集している部分もある。しかし映画の中で印象的なのは、会話シーンを登場人物一方の映像だけで延々押し通している場面だった。例えば映画最初に登場する母親と息子の会話を、息子の映像だけで見せる場面。老婆や娼婦との会話で、運転席のヒロインの映像だけを拾っているシーン。会話の相手を画面の外に追い出しっぱなしにすることで、そこで生まれた会話が登場人物の心の中の葛藤のように見えてくる。あるいは精神科のカウンセリングのような、問いと答えの反復のようでもある。

 映画のテーマは「愛」だ。それも男と女の愛とセックスが大きなテーマになっている。イスラム国であるイランでこうしたテーマを描くには、映像面でこれだけ禁欲的なテクニックが必要だったのかもしれない。

(英題:TEN)

2003年7月下旬公開予定 ユーロスペース
配給・宣伝:ユーロスペース
(2002年|1時間34分|フランス、イラン)
ホームページ:
http://www.eurospace.co.jp/

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DVD:10話
使用楽曲収録CD:Walking in the air (Haward Blake)
使用楽曲収録CD:スノーマン(日本版)
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