チャンピオン

2003/05/26 メディアボックス試写室
世界戦に散った実在のボクサー、キム・ドゥックの伝記映画。
貧しい時代への郷愁は『友へ/チング』と共通。by K. Hattori

 『友へ/チング』のクァク・キョンテク監督と主演俳優のユ・オソンが、80年代初頭に世界チャンピオンに挑戦した韓国人ボクサーの映画を作った。主人公のキム・ドゥックは実在のボクサー。ラスベガスで行われた彼の世界タイトル挑戦の様子を、当時17歳だったキョンテク監督はテレビ観戦していたという。映画はこの世界戦のゴングが鳴るところから始まり、新聞記事をコラージュしたオープニングタイトルのあと、キム・ドゥックが故郷の家を飛び出してから世界戦に挑戦するまでを描いていく。

 プロボクサーに必要なのはハングリー精神だという。キム・ドゥックはハングリー精神の塊のようなボクサーだ。差別と貧困の中に生まれ育ち、少年時代に家を飛び出してからは都会で浮浪児同然の暮らし。街でチンピラにぶん殴られたのをきっかけに、ボクシングジムに入門する。チャンピオンになりたいという確たる目標があったわけでもない。しかしそれまで何のあてもなく街をさまよっていた彼は、ボクシングに出会うことでようやく自分の生きる道を見つける。ジムでの練習ときついアルバイトの往復の中で、彼は少しずつボクサーとしての自力をつけていく。

 この映画では70年代から80年代初頭の韓国社会がリアルに再現されているのだが、そこでは当時の韓国全体が貧しかったのだということがわかる。ボクシングジムに入門した新人に、ジムの会長が「お前らはボクシングで金持ちになりたいのだろう」と言い切る場面がある。当時のボクシングとは、そういうものだった。入門者は全員が「いずれは世界チャンピオンに」という野望を持っていた。現在のボクシングジムのように、「健康のため」とか「ダイエットのため」などという入門目的はありえない。この映画に出てくるボクシングジムは、大相撲の相撲部屋みたいなものだ。

 ボクサーとして強さを極めることで、経済的な豊かさも、社会的な地位も、愛する女性との幸福な暮らしも手に入れられると信じているキム・ドゥック。監督のクァク・キョンテクは、主人公ドゥックに当時の韓国社会のあり方を投影しているのだろう。当時の韓国は国中が揃って強さと豊かさと国際的な地位を求め、その向こう側に幸福があると信じていた。だが実際はどうなのか? 豊かになった韓国で、はたして人々は幸福になれたのか? むしろ何かを目指して突き進む「過程」にこそ、人間の幸せはあるのではないか? 映画の最後にボクシングジムの幻影が描かれるのは、皆が世界チャンピオンを目指して切磋琢磨するジムの中にこそ、夢や希望や幸福があったということなのだ。

 映画のラストシーンはちょっとわかりにくい。あの少年はいったい誰なんだろう。貧しかった時代の夢を次世代に託すというメッセージはわかるけど……。全体としてものすごく完成度の高い映画だけに、最後の最後にこうした曖昧さがあるのは残念。

(英題:Champion)

2003年7月公開予定 新宿武蔵野館
配給:メディア・スーツ
(2002年|1時間59分|韓国)
ホームページ:
http://www.mediasuits.co.jp/champion/

Amazon.co.jp アソシエイト

DVD:チャンピオン
関連DVD:クァク・キョンテク監督
関連DVD:ユ・オソン

ホームページ

ホームページへ