姐御

2002/11/20 東映第1試写室
過去2回映画化された藤田五郎の小説を高島礼子でリメイク。
脚本はアイデアが未整理。話がよくわからない。by K. Hattori

 高島礼子演じる極道の妻が殺された夫の仇討ちをするという、東映ビデオ製作の女性ヤクザ映画。高島礼子は既に『極道の妻たち』の新シリーズで主役をやっているのだが、今回はそれとは別系統の作品になる。原作は『仁義の墓場』などで知られる藤田五郎の「女侠客」(だと思う)。同じ原作は'69年に『藤田五郎の姐御』という扇ひろ子主演の映画になり、'88年にも黒木瞳主演で『姐御』という映画が作られているという。内容はすべて少しずつ違うが、ヒロインの紺野愛が殺された夫の仇討ちをするというストーリーは同じだ。

 横浜のヤクザ一家・磯島組は、広域暴力団・銀龍会への参加問題で幹部会が二分されていた。三代目総長が態度を決めかねている間に、組の独自路線を主張していた大幹部の紺野が何者かに殺される。幹部会の形勢が銀龍会参加に傾く中、若い総長は紺野の遺志でもある独立路線を選択。だがこれによって、銀龍会参加を画策する黒田一派との関係が悪化してしまう。総長は有力な幹部に見放され、いわば丸裸の状態。そんな中、先代の妻であり三代目の母でもある磯島純子はある計略を思いつく。紺野の未亡人である愛を、総長代行に立てようというのだ。この意表をつく奇手奇策で組織内部に真空地帯を作り、磯島組の分裂を防ぎ組の看板を守り抜けるかもしれない。だが黒田一派はこの策に対し、三代目総長を誘拐するという強硬手段に打って出た……。

 話の骨組みはシンプルなはずなのに、それを無理矢理ねじったりからませたりして複雑な話に見せようとしている。そのため話の辻褄がどうもよくわからなくなるという、あべこべなことが起きてしまった。この映画で一番よくわからないのは、ヒロインの紺野愛が何を目的として我慢に我慢を重ねているのかがよくわからないことだ。主人公が度重なる妨害や外圧に我慢を続け、最後に堪忍袋の緒が切れて敵に切り込んでいくという展開は、任侠ヤクザ映画のお約束だ。しかしそのためには、主人公が「なぜ我慢をしているのか」「いつまで我慢をすればいいのか」という理由付けが必要になる。それは渡世の義理を通すためでもいいし、先代の遺言である花会が無事に終るまでことを荒立てられないでもいいし、愛する人を悲しませないためでもいい。ところがこの『姐御』では、そうした我慢のための合理的な言い分が見当たらない。

 磯野組の看板を黒田たちに渡したくないというのはわかる。だがそれなら今後の磯野組を、いったいどうするのがベストなのか? そもそも銀龍会の傘下に入ることに、どれほどのメリットとデメリットがあるのか。三代目が引退を決めた後、誰に組を譲るのが筋なのか? そうした見通しがまったくないまま、人が殺されたり殺したりというシーンが連続しても、僕には何がなんだかさっぱりわからない。黒田を粛清して影山に組を譲りたいだけなら、血を流さずとも最初からそうすればいいだろうに。

2003年1月11日公開予定 T・ジョイ大泉
製作:東映ビデオ
(2002年|1時間38分|日本)
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DVD:姉御
原作:女侠客(藤田五郎)
関連DVD:一倉治雄監督
関連DVD:高島礼子

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