まぼろし

2002/05/08 映画美学校第1試写室
フランソワ・オゾンがシャーロット・ランプリング主演で撮った癒しのドラマ。
ヒロインが愛する者の死を受容するまでを描く。by K. Hattori

 短編『サマードレス』、中編『海を見る』、長編『ホームドラマ』『クリミナル・ラヴァーズ』『焼け石に水』などの作品が日本でも公開されている、フランソワ・オゾン監督の新作。(最新作『8人の女たち』は今年のベルリン映画祭で銀熊賞を受賞している。)主演はシャーロット・ランプリング。過去のオゾン作品にあった辛辣なブラック・ユーモアはこの映画から姿を消し、ヒロインの心情を淡々と描写する静かで美しい心理ドラマになっている。しかしこの映画がオゾン監督にとってまったく方向転換かというと、そんなことはないと思う。映画全体に漂う、崩壊寸前のような危うさ。決定的なカタストロフを迎える前の、綱渡りのようなスリル。火傷のキズのように、ヒリヒリといつまでも痛む感覚。そんなオゾン監督固有の映画センスは、この映画の中でも存分に発揮されている。今までの映画は、そうしたギリギリの一線をあっという間に突破してしまう暴力性と、それに伴う爽快感があった。例えば『ホームドラマ』の一家皆殺し(?)とか、『クリミナル・ラヴァーズ』の殺人(?)とか、『焼け石に水』のダンスシーンとか……。でも今回の映画で、ヒロインはそのギリギリの段階にいつまでも踏みとどまり続ける。そして最後の最後に、一線を飛び越えて向こう側に踏み出していくのだ。

 ヒロインのマリーは、バカンスで訪れた海辺の別荘から、夫ジャンとふたりで海岸に出かける。だが砂浜でマリーがほんのわずかな時間うたた寝をしている間に、夫の姿は忽然と消えてしまった。海を見ても泳いでいる夫の姿はない。小用か、買物か、あるいはひとりで別荘に戻ったのか。だが自動車はもとの場所に停めてある。夫はひとりで海に入って溺れたに違いない。マリーは警察に駆け込み大がかりな捜査が行われるが、ついにジャンの姿を見つけることはできなかった。マリーは荷物をまとめ、ひとりでパリに戻る。それから数ヶ月。マリーは多くの友人たちに囲まれて日常の生活に戻っていた。大学での講師の仕事。友人たちとの夕食。そして彼女が家に帰ると、そこにはジャンの姿があった。だがそれは、夫の死を受け入れられないマリーが、心の中で作り上げた「まぼろし」に過ぎないのだ……。

 身近な人を突然失った人間が、いかにしてその死を受け入れるかというシリアスなドラマ。夫が姿を消したときから、マリーの中の時間は止まってしまう。夫は生きている。家に帰れば笑顔で自分を迎えてくれる。留守にしているのは旅行に行っているからだ。そんなマリーを友人たちは心配するが、この映画はマリーのそんな姿を、夫の死を受け入れるための穏やかなプロセスとして描く。夫の死という現実を完全に遠ざけていたマリーが、夫の医者通いという事実を知って、「夫は自殺するかもしれない」と夫の死を未来形で語り始めるシーンはスリリングだ。マリーの中の時間は、現実の時間に向かって大急ぎで歩み寄り始める。だがその現実はむごたらしい。ヒロインが海岸を走るラストシーンは名場面だと思う。

(原題:SOUS LE SABLE)

2002年晩夏公開予定 ユーロスペース
配給:ユーロスペース

(上映時間:1時間35分)

ホームページ:http://www.eurospace.co.jp/

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主題歌収録CD:LES TALENTS DU SIECLE (Barbara)
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