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2002/04/19 GAGA試写室
有名な社会心理学の実験をモチーフにしたサイコサスペンス映画。
人間は与えられた環境次第で悪魔に変身してしまう。by K. Hattori

 1971年にスタンフォード大学で行われた「監獄実験」は、社会心理学の入門書にしばしば登場する有名な実験だ。複数の被験者を当人たちの意思と無関係に「囚人」と「看守」の2グループに分け、看守に囚人を監視監督させる。しばらくすると看守グループは囚人たちに冷淡な態度をとるようになり、小突いたり乱暴に扱う行動さえ見られるようになる。逆に囚人グループは、卑屈で感情に乏しい状態に陥っていく。研究者が実験のため便宜的に与えた「役割」が、被験者たちの人格をあっという間に乗っ取って、被験者たちの行動を役割に相応しいものへと導いてしまったのだ。あまりにも劇的な結果が出たため、実験は予定より短期間で中止されたという。人間は必ずしも「個人の意志」で行動しているわけではない。周囲から与えられた「役割」の中で、いとも簡単に個人の意志など消し飛んでしまう。社会心理学は、時としてぞっとするような人間の本性を暴き出すのだ。

 この映画はその有名な実験をモチーフにした、迫真のサイコ・サスペンス映画。新聞の広告を見て大学の研究室に集められた一般市民が、たまたま割り振られた「看守」や「囚人」という役割にあっという間に適合し、思いがけない大事件を引き起こすまでを克明に描いている。映画の内容は実在の実験そのものではないが、そこで起きている人間関係のドラマはすべて現実にあり得ることなのだ。ごく普通の一般市民が、特定の状況設定の中に放り込まれるだけで、あっという間に凶暴性や残虐性を発揮したり、精神的なもろさや弱さを露呈するようになる事実。似たような人間関係は、実社会のあちこちに存在するのだろう。学校や職場でのイジメ、家庭内暴力、ホームレスへの暴行事件、集団万引きなど、人間は集団になると、平気で社会のルールを踏み外す。

 『ラン・ローラ・ラン』のモーリッツ・ブライプトロイが、新聞記者のタレクという男を演じている。ただ、彼が新聞記者だという設定も、軍の実験が云々という話も、この映画の中ではほとんど生かされていない。同房の無愛想な男が軍関係者だったという話も、それが物語にどんな意味を持つのかさっぱりわからない。個々の人間が持つ「個性」が、実験中に与えられた「役割」によってあっという間に塗りつぶされてしまうことを描写するためにも、登場人物それぞれに職業や家庭環境などを設定するのはいいと思う。でも主人公の取材に、いったいどんな意味があるんだろう。タレクはもっと普通の男にして、同房の男もごく平凡な男にした方が、「普通の人間が環境によって豹変する」というこの映画のテーマはより鮮明になったのではないだろうか。主人公たちを記者や軍人といった「特殊な人たち」にすることで、主人公たちが殺されてしまうかもしれないという恐怖から、観客が遠ざかってしまわないだろうか。

 そんなわけで少し不満もあるのですが、映画自体は面白かった。モデルになった実験の話をずっと以前に社会心理学の本で読んでいた僕は、大いに楽しみました。

(原題:Das Experiment)

2002年6月公開 シネセゾン渋谷
配給:ギャガGシネマ 宣伝:ギャガGシネマ、ライスタウンカンパニー

(上映時間:1時間59分)

ホームページ:http://www.es1.jp/

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関連DVD:モーリッツ・ブライプトロイ
参考書籍:社会心理学ショート・ショート―実験でとく心の謎
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