バーバー

2002/03/07 松竹試写室
小さな幸せを手に入れたいと願う男の野心が惨劇を引き起こす。
コーエン兄弟の犯罪スリラー。音楽が素敵。by K. Hattori

 『ファーゴ』『オー・ブラザー!』のコーエン兄弟最新作は、1949年の北カリフォルニア、サンタローザを舞台にしたモノクロームの犯罪ドラマ。主演はビリー・ボブ・ソーントンと、コーエン作品常連のフランシス・マクドーマンド。市井の庶民としか呼びようのない主人公がふと胸に抱いた小さな野心が、血みどろの事件を引き起こして次々に死体の山を築くという『ファーゴ』型の映画だ。コーエン兄弟はこの映画を、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の原作者として知られる「ジェームズ・M・ケインの世界」と称している。

 主人公はサンタローザで理髪店に勤務しているエド・クレイン。彼は好きこのんで床屋になったわけではない。妻の父がたまたま床屋だったため、見よう見まねで床屋になってしまっただけの話だ。義父の死後、店は義兄が継いでおり、エドは彼に雇われているだけの身だ。妻のドリスはデパートで帳簿係をしているが、上司のデイヴと不倫をしているらしい。本人たちはとぼけているが、エドは敏感にふたりの関係を嗅ぎとってしまう。ある日エドの前に、ひとりのセールスマンがやってくる。ドライクリーニングのチェーン店を開くにあたって、出資者を探しに町に来たのだという。出資金は1万ドル。エドには縁のない大金だが、彼は退屈な床屋稼業から抜け出すために、何とか1万ドルを用意しようと決意する。彼は妻の不倫関係をネタに、羽振りのよさそうなデイヴを匿名で恐喝することを思いついたのだが……。

 物語は主人公エドのモノローグで進行する。これは彼の回想談なのだ。登場人物は主人公も含めてすべて普通の人。特別な金持ちも、特別な人格者も、特別な悪人も出てこない。普通の人が、ごくささやかな野心を持ち、それによって事態が悪い方へ悪い方へと回転していく。運命の歯車が見事に噛み合って、主人公ががんじがらめになっていく様子はまさにコーエン兄弟の名人芸。『ファーゴ』では登場人物への共感や感情移入を誘うような部分もあったが、今回は観客をはねつけるようなクールでシャープな語り口に徹している。まさにハードボイルド。カラーで撮影した後、タイトル用のハイコントラストポジに焼き付けたというモノクロ映像が、映画の世界と観客の間に一定の距離を作り出し、主人公のモノローグやセンチメンタルな音楽が距離感を強調する。

 音楽の使い方が秀逸。内容は血なまぐさく不条理な犯罪スリラー映画なのに、テーマ音楽に選ばれているのはセンチメンタルなベートーベンのピアノソナタ「悲愴」なのだ。主人公のアイドルとなる美少女役に、『ゴーストワールド』のスカーレット・ヨハンスン。彼女が奏でるピアノのメロディー(当然吹き替え)が、この映画のもうひとりの主人公のように物語全体を包み込む。

 ドライクリーニング、アスファルト、デパート、ロズウェル事件など、当時の世相を伝える大小の小道具を巧みにドラマに盛り込んでいく強引さ。馬鹿な話を大真面目に語る時、コーエン兄弟の演出は冴え渡るのだ。

(原題:The Man Who Wasn't There)

2002年GW公開予定 恵比寿ガーデンシネマ
配給:アスミック・エース

(上映時間:1時間56分)

ホームページ:http://www.barber-movie.com/

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関連DVD:ジョエル・コーエン監督
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参考DVD:郵便配達は二度ベルを鳴らす

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