マルティナは海

2001/11/29 TCC試写室
古代ギリシャの長編叙事詩「オデュッセイア」の現代版。
放浪から帰還する男に魅力が感じられない。by K. Hattori

 『ハモンハモン』のビガス・ルナ監督最新作。地中海に面したスペインの小さな港町を舞台にした、壮絶なラブストーリー。原作はスペインの作家マヌエル・ビセントのベストセラー小説「Son de Mar」だというが、物語のベースにあるのはホメロスの長編叙事詩「オデュッセイア」だろう。ギリシャ神話の英雄オデュッセウスが故郷に戻るこの物語は、つい最近コーエン兄弟の『オー・ブラザー!』の元ネタとしても使われていた有名なお話。この『マルティナは海』では、海で行方不明になる男の名前がウリセスになっているが、これはオデュッセウスのラテン語読みから派生した別名だ。(これが英語化するとユリシーズ。)行方不明のウリセスは、乞食のような身なりで妻の元に戻ってくる。これも神話とまったく同じ。ただし神話に出てくる貞淑な妻ペネロペと異なり、現代のウリセスの妻マルティナは、裕福な男の求婚を簡単に受け入れて今は幸せな家庭を作っている。

 物語の下敷きになっているのが「オデュッセウス」なのは明らかだが、この映画は諸国を放浪するオデュッセウスの冒険譚ではなく、故郷の町で夫の帰還を迎える妻の物語になっている。町中が顔見知りに近い小さな田舎町で、新任の高校教師ウリセスに惹かれていく若い娘マルティナ。やがて彼女が妊娠をきっかけに、ふたりは周囲に祝福されて結婚。だがウリセスは新妻と生まれたばかりの息子を残して、嵐の海で姿を消してしまう。傷心のマルティナはそれでもまだ若く美しく、かねて彼女に好意を寄せていた村一番の富豪シエラと再婚する。何不自由のない暮らし。刺激はないが平穏な毎日。数年がたってマルティナが新しい生活にすっかり馴染んでいる頃、彼女のもとに1本の電話がかかってくる……。

 マルティナ役のレオノル・ワトリングは、状況に翻弄されながらも自分自身の意思で積極的に行動するタフな女性を巧みに演じているように思う。シエラ役のエドゥアルド・フェルナンデスも好印象。しかしこの映画の欠点は、ジョルディ・モリャが演じているウリセスという男にあまり魅力が感じられないことなのだ。この男は本当にマルティナを愛しているわけではなく、たまたま赴任した村で、たまたま手近にいたマルティナに手を出しただけのようにも見えてしまう。結婚した後は「釣った魚に餌はやらん」とばかりに彼女以外の女に目配せし、挙げ句の果てに家族を捨てて家を出る。食い詰めて戻ってきても、積極的に彼女を取り戻そうとするわけでなし、子供に対する何の義務も果たそうとはしない。取り得は詩の暗唱だけじゃないのか。なぜマルティナが彼を愛し続けるのか、そこにもう少し説得力がほしかった。

 違法建築で上部2階分を取り壊さなければ売ることもできないというビルの最上階に、人目を避けて匿われるウリセス。存在してはならない建物と、存在してはならない男のもとに、毎日通い詰めるマルティナ。マルティナという女が抱える秘密と欲望が、この建物とウリセスの立場に象徴されているようにも思えた。

(原題:SON DE MAR)

2002年正月第2弾公開予定 シネ・リーブル池袋
配給:ギャガ・コミュニケーションズ 宣伝:LIBERO

(上映時間:1時間40分)

ホームページ:http://www.gaga.ne.jp/martina/

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