家路

2001/10/30 東宝第1試写室
老俳優が家族の死と孫との生活の中で「老い」と向き合う。
マノエル・ド・オリヴェイラ監督作。笑える場面も多い。by K. Hattori

 ポルトガル出身で今年93歳になる映画監督、マノエル・ド・オリヴェイラの新作。オープニングタイトルで奏でられるのは、1930年にルネ・クレールが監督した映画『巴里の屋根の下』のテーマ曲。明るくてちょっぴりセンチメンタルなこの曲に続いて、物語はいきなり舞台劇「瀕死の王」上演中の劇場へと飛ぶ。舞台で主役の王を演じているのは、ミシェル・ピコリ演ずるこの映画の主人公ジルベール・ヴァランスだ。舞台終了直後、ジルベールにはショッキングな知らせが届けられる。彼の妻と娘夫婦が交通事故で亡くなったというのだ。彼は大急ぎで病院に飛んでいく。それから(おそらく)数ヶ月後、ジルベールは死んだ娘夫婦が残した孫セルジュとの生活に馴染み始めていた……。

 映画の上映時間は1時間半ちょうどだが、映画冒頭の「瀕死の王」だけで15分も費やしている。この劇中劇がその後の物語全体を暗示しているという要因もあろうが、オリヴェイラ監督がこれら劇中劇の演出に並々ならぬ情熱を傾けていることは明らかだ。この後も「テンペスト」や「ユリシーズ」が劇中劇として描かれるのだが、その配役がじつに豪華。「瀕死の王」で王妃を演じているのはカトリーヌ・ドヌーヴ。「ユリシーズ」の監督役はジョン・マルコヴィッチ。他にもオリヴェイラ監督作常連のレオノール・シルヴェイラや、『ビヨンド・サイレンス』『点子ちゃんとアントン』のシルヴィー・テステュなどが出演しているのだ。これらの劇中劇は「主人公である老俳優の日常の仕事」という記号を離れて、それだけで独立した見どころになっている。

 映画のテーマは「老い」ということになるのだと思う。人間は赤ん坊から子供へと成長し、やがて大人になり、いずれは老人になる。だがこの成長と変化は目に見えないほど小さな変化の積み重ねなので、ある日突然「自分の老い」を自覚することはまれだろう。特にこの映画の主人公ジルベールのように定年や引退と無縁の仕事を続けていれば、本人は自分の年齢を意識することがほとんどなかったかもしれない。だがジルベールは妻と娘を失い、ある日突然「孫」と向き合う暮らしを始めることで、否応なしに自分の「老い」を自覚せざるを得なくなる。老いは隠せない。「瀕死の王」「テンペスト」で主役の老人を見事に演じていた主人公が、「ユリシーズ」で強引に青年役をあてがわれた途端に演技が破綻してしまう残酷さ。演技力や経験ではカバーできない「老い」が、主人公を押しつぶしてしまいそうになる。

 テーマはかなり深刻なものだが、映画自体は軽妙なタッチで笑いさえ生まれる。当人にとっては物凄く深刻な事件が、映画を観ている側にとってはギャグやユーモアになってしまうというおかしさ。夜道で出会った注射器強盗に、お気に入りの靴を盗まれた時に見せる主人公の悲しそうな顔や、台詞が覚えきれず、映画の衣装のまま街をさまよう主人公がバーに迷い込むくだりは面白い。新聞を読む男とカフェのエピソードには大笑い。

(原題:Je rentre a la maison)

2002年陽春公開予定 シャンテシネ
配給:アルシネテラン

(上映時間:1時間30分)

ホームページ:http://www.alcine-terran.com/

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