クローン

2001/08/16 GAGA試写室
ディックの傑作短編「偽者」をゲイリー・シニーズ主演で映画化。
原作を巧みに脚色して見栄えのする長編映画にした。by K. Hattori

 1982年に亡くなってから、カルト的な人気が高まっているSF作家フィリップ・K・ディック。長短合わせて膨大な数の作品を書いた作家だが、生前映画化された作品はない。死の直後に『ブレードランナー』が公開されて、これがカルト映画になった。僕自身も『ブレードランナー』を入り口にディックの小説にはまった口で、サンリオSF文庫が消滅する前に全作品を買いそろえることができたのは幸運だった。(1冊だけ友人に借りてそれっきりになっている本がある。いつか返さなければと思っているけれど……。)ディックの小説で僕が好きなのは、「ヴァリス」を筆頭とする晩年の長編作品(トッド・マコーバーのオペラも観た!)と、おそらくはその反対側にある初期の短編作品。特に短編は大好きだ。ディックの短編は膨大な数になるのだが、おそらくその半数ぐらいは翻訳されているはず。短編の中でも特に面白いのは「地図にない町」「人間狩り(変種第2号)」と「偽者(贋者)」。特に「偽者」は素晴らしい。おそらく原型となったのはビアスの傑作短編「アウル・クリーク橋の一件」だろうが、ディックはそれに彼独特のパラノイア気質を混ぜ合わせ、息もつかせぬスリルとサスペンスに満ちたSF短編に仕上げている。ラストは衝撃的で、何度読み返しても唸ってしまう。

 その「偽者」が今回『クローン』(原題は原作短編と同じ『IMPOSTOR』というタイトル)という映画になったのだが、一人称の描写で読者をぐいぐい惹き付けていく原作の魅力が映画に置き換えられるはずなどなく、僕は最初から何の期待もせずに試写を観た。「人間狩り」だって『スクリーマーズ』になってしまえば、それはまったくの別物ではないか。原作はディックの小説の中でも群を抜いた傑作なんだから、それと同じ完成度を映画に求めたって無駄なのだ。むしろ僕は、ディックの傑作に製作者たちがどう挑み、どれだけ健闘したのかを観てみたかった。内容はほとんど原作通りだが、地球と月を短期間で往復する原作と異なり、映画の方は場所をずいぶんと限定している。登場人物も増やしたり減らしたり……。しかし全体としては、原作に限りなく忠実な映画化と言って構わないと思う。最後のオチには一ひねりあるので、原作の読者も楽しめるはず。僕はオチを途中であれこれ予想し、結局その範囲内でオチが付いたのだが、それでも結末には少し驚かされた。

 主人公スペンサー・オーラムを演じているのはゲイリー・シニーズ。彼を宇宙からやってきた人間爆弾だと信じて追跡するハサウェイにヴィンセント・ドノフリオ。原作では扱いの小さな主人公の妻に、マデリーン・ストウが配役されているのがミソ。監督は『コレクター』のゲイリー・フレダー。脚色は『隣人は静かに笑う』『レインディア・ゲーム』などサスペンスを得意とするエレン・クルーガー。タイトな原作をうまく長編映画に膨らませてある。傑作だとは思わないが、ディックのファンにとっては見逃すことができない映画だ。

(原題:IMPOSTOR)

2001年今秋公開予定 丸の内ピカデリー2他・全国松竹東急系
配給:ギャガ、ヒューマックス 問い合せ:オメガ・エンタテインメント
(上映時間:1時間42分)

ホームページ:http://www.gaga.ne.jp/

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