ザ・トレンチ
〈塹壕〉

2001/07/05 映画美学校試写室
第一次大戦中の有名な「ソンムの戦い」の前夜を映画化。
着眼点は面白いが映画にそれが生きていない。by K. Hattori

 1916年7月から11月にかけて、フランスのソンムで英仏連合軍とドイツ軍が激突した。「ソンムの戦い」と呼ばれる約5ヶ月の戦闘で、イギリス軍42万人、フランス軍19万5千人、ドイツ軍は65万人という膨大な死傷者を出したが、両軍ともこれといった戦果を上げることが出来なかった。戦闘は7月1日に開始されたが、この1日だけでイギリス軍は死者1万9千、負傷者4万1千という犠牲を払っている。その結果得たものはゼロだ。まさに愚行というしかない。この映画はそんな馬鹿げた戦闘が始まるまでの丸2日間を、イギリス軍兵士たちの視点から描いた異色の戦争映画。薄暗く不潔な塹壕の中で、戦闘経験のない新兵たちが肩を寄せ合って攻撃命令を待ちかまえる。塹壕の上に広がる青い空。だが兵士たちは、塹壕から顔を出して外をのぞくことも出来ない。塹壕は狭くクネクネと曲がりくねり、見通しもまったく利かない。食事は堅いパンと冷たい缶詰のみ。着替えともシャワーとも無縁で、塹壕の一角に穴を掘って糞小便を垂れ流す不潔きわまりない環境だ。この塹壕から出るには、攻撃が始まるのを待つしかない。

 小説家・脚本家のウィリアム・ボイドが、自ら脚本を書き下ろした監督デビュー作。ひどく地味な素材を、ひどく地味に映画化して、映画を観終わった後の印象も地味なままという、あまりパッとしない映画だ。この映画に登場する塹壕戦という戦闘形態はこの映画で描かれた第一次大戦以降、戦車や飛行機などの機動戦が主体になって戦闘の主流ではなくなってしまった。第一次大戦というのは不思議な戦争で、ナポレオン時代から変わらない19世紀的な戦闘が一方にあり、機関銃や航空機や戦車や毒ガスなどの兵器を使った近代戦がもう一方では行われている。この映画では描かれていないが、ソンムの戦いではイギリス軍がヨーロッパの戦争では最後となる大規模な騎兵突撃を行って、機関銃で一気に粉砕されてもいるのだ。このチグハグな感じが、映画の中でもう少し丁寧に表現されていると面白かったと思う。

 映画のラストシーンでは、塹壕から飛び出した兵士が横一線に広がって、だらだらと歩いて敵陣に進軍していく姿が印象に残る。敵の塹壕までは数百メートル。全力で走れば1分か2分で敵の塹壕に飛び込めるはず。でも兵士たちは走らない。草原の上を銃を構えてゆったり歩きながら、敵の機関銃の弾に当たってばたばたと倒れていく兵士たち。現代人の目から見ると、これは不条理な光景です。でもこれが第一次大戦だった。近代化された兵器を前にしても、軍隊という巨大組織はその戦法を容易に変えられないのです。似たような話は、戦争に限らず我々の身の回りにもいろいろとありそうですけど……。

 この映画の欠点は、兵士たちの息づかいや体臭があまり感じられないことだと思う。塹壕の狭苦しさや不潔さを、もう少し丁寧に描いてほしかった。ペキンパーの『戦争のはらわた』は、男たちの体から埃と汗の混ざった匂いが漂ってきそうだったもんなぁ……。

(原題:The Trench)

2001年8月4日公開予定 シネマ・カリテ(レイト)
配給:彩プロ 宣伝:オムロ

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