愛のエチュード

2001/06/27 メディアボックス試写室
チェスをモチーフにした文芸映画。原作はナボコフ。
ジョン・タトゥーロの演技がすごい。by K. Hattori

 1929年、北イタリアのコモ湖畔にある高級リゾートホテルで、チェスの世界大会が開かれる。優勝候補の筆頭であるアレクサンドル・ルージンは、いの一番にホテルに到着。チェス以外の一切に関心を持たずいつもボロボロの身なりで過ごし、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら片時も手放すことのないメモ帳に思いついたチェスの手順を書き付ける姿はかなり異様なものだった。だが偶然同じホテルに泊まっていたナターリアは、そんなルージンの姿に親しみを感じる。チェス以外の何物にも関心を寄せることがなかったルージンも、ナターリアには心を開き、やがてふたりは愛し合うようになる。

 映画『ロリータ』の原作者であるウラジーミル・ナボコフの小説「ディフェンス」を、『アントニア』『ダロウェイ夫人』のマルレーン・ゴリス監督が映画化した作品。チェスの名手ルージンを演じるのはジョン・タトゥーロ。その恋人ナターリアを演じているのはエミリー・ワトソン。舞台はイタリアで主人公たちはふたりともロシア人という設定だが、ドラマはすべて英語で進行する。それがあまり不自然に感じないのは、イタリアが舞台になると、英語でもロシア語でも、どちらも「外国語」という共通項があるからだろう。主人公たちは故郷を遠く離れた異境の地で出会い、恋に落ちる。それがわかれば、言葉は別に何語であっても構わない。

 主人公のルージンという男は、チェスに没頭すると周囲の何も見えなくなってしまう変人です。天才と気狂いは紙一重と言いますが、ルージンは紙一重のところで狂気すれすれのところに立っている。誰かが彼を強く押せば、容易に狂気の側に落ちてしまうような不安定さと危うさを持った人物です。彼の心はチェスと出会った少年時代のまま成長を止めている。好きなものに一心不乱に打ち込み、その他のことは衣食住すべてにわたって無頓着なその姿は、まるで子供がそのまま大人になったようにも見える。『バートン・フィンク』でも正気と狂気の境界線を演じたジョン・タトゥーロは、この映画でも精神的なもろさを持つ天才ルージンを完璧に演じている。こんな役、下手くそな役者が演じたらコントさながらの滑稽な芝居になってしまう。でもタトゥーロはこの役の表面に現れる奇矯な行動の下に、人間の弱さや孤独を感じさせ、血の通った人物像に仕上げていると思う。

 ルージンとナターリアの恋を描く部分は特に文句を付けるつもりもないのだが、この映画のもうひとつのテーマであるチェスの話になると、この映画はよく分からない点がいくかある。その中でも最大の疑問が、ルージンを破滅させようとするヴァレンチノフの動機だ。なぜ彼はルージンを憎むのか。その根底には、初めての対戦で子供だった彼にこっぴどく負かされてしまったという屈辱と、彼の才能への嫉妬があるのだろう。でもそれだけではなかろう。彼には彼なりの、チェスへの愛情や執着があったはず。それがもう少し掘り下げられていると、チェスを巡る人間模様に深みが出てきたと思う。

(原題:The Luzhin Defence)

2001年今夏公開予定 銀座テアトルシネマ、シネセゾン渋谷
配給:アミューズピクチャーズ

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