バロウズの妻

2001/05/24 メディアボックス試写室
「裸のランチ」で知られるウィリアム・S・バロウズの妻射殺事件を再現。
主演のコートニー・ラブにはいつもの精彩がない。 by K. Hattori


 1951年。後にビート世代の代表的な作家となるウィリアム・S・バロウズは、酔っぱらって“ウィリアム・テルごっこ”をしている最中に、妻ジョーンの頭をピストルで撃ち抜いた。この事件(事故)はバロウズにとって終生のトラウマとなり、作家バロウズについて語るとき避けて通れない出来事になっている。彼の代表作「裸のランチ」をクローネンバーグが映画化した時、監督は原作にはないこの事件を劇中に挿入した。

 この映画は殺された『バロウズの妻』ジョーンの視点から、夫バロウズ、友人のアレン・ギンズバーグ、ケルアックなどの姿を描いた実録ドラマ。物語はバロウズとジョーンの“ウィリアム・テルごっこ”から始まるが、その直後に一度、第二次大戦末期の1944年に逆戻りする。ジョーンのアパートに集まった、バロウズ、ギンズバーグ、ケルアックらに混じり、ジョーンのボーイフレンドの学生ルシアン・カーと、彼に思いを寄せるデーブ・カマラーの姿がある。だがこの夜、ルシアンは言い寄ってくるカマラーをはずみで殺してしまうのだ。

 ルシアンの起こした殺人事件と、バロウズの妻射殺事件。この映画は2つの殺人事件で、物語全体をサンドイッチにした構成。エピソードの中心は、ジョーンが射殺される直前、ルシアンとギンズバーグがメキシコのバロウズ家を訪ねる話だ。わざわざニューヨークから旧友が訪ねて来るというのに、バロウズは同性愛の相手と旅行に出かけてしまう。ルシアンはジョーンとよりを戻そうとし、ジョーンもそれに心を動かされるが、互いにそれ以上の勇気がないまま別れてしまう。その数日後に起きる射殺事件。ジョーンが殺されることをあらかじめ知っている観客は、ルシアンとジョーンの煮え切らない態度が悲劇への入念な準備になっていると解釈する。この映画に描かれたほんの数日の出来事が、ルシアンとジョーンにとっての運命の別れ道だった。

 ジョーンを演じているのは『ラリー・フリント』『マン・オン・ザ・ムーン』のコートニー・ラブ。ルシアンを演じているのは『処刑人』のノーマン・リーダス。バロウズ役はキーファー・サザーランドだ。監督・脚本のゲイリー・ウォルコウはSF作家フィリップ・K・ディックの生涯と作品をもとに『ディックの奇妙な日々』という映画を撮ったことのある人だというが、僕は未見。

 バロウズやギンズバーグなど、ビート世代の作家が好きな人にとっては興味深い映画かもしれない。でもそうでない人にとっては、つかみ所のない映画だと思う。作品を通してこの映画の登場人物たちとつながりを持つ人以外は、この映画との間に接点を見つけにくいのではないだろうか。この映画は描写に正確を期することに専念するあまり、観客と映画を結びつけるというもっとも肝心のことを忘れているように思える。ビート世代の作家たちはアメリカ人にとっては神話の中の人物だから、この映画を作った監督も出演者たちも大いに張り切ったことでしょう。でもそれと映画の面白さは別なんだよなぁ。

(原題:BEAT)

2001年6月23日公開予定 ユーロスペース
配給:M3エンタテインメント 宣伝:スローラーナー
ホームページ:http://www.m3e.co.jp/beat.movie/


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