焼け石に水

2001/05/08 映画美学校試写室
フランソワ・オゾンがファスビンダーの戯曲を映画化。
残酷でグロテスク。しかし美しい物語。by K. Hattori

 映画ファンが無視できない若手監督というのがいつの時代にも必ず何人かいて、今ならフランソワ・オゾンという監督もそうした「要注意人物」のひとりだと思う。『海をみる』『ホームドラマ』『クリミナル・ラヴァーズ』など、どれもドキドキするようなスリルに満ちた作品だった。暗闇を手探りで歩いている内に、指先が鋭利な刃物に触れてヒヤリとするような感覚。触れただけだと思って安心していると、じつはザックリと切れて鮮血がポタポタたれているような衝撃。オゾン監督の感覚があまりにも鋭利すぎて、切られた方は一瞬痛みを感じないほどなのだ。でも傷口は結構深い。パックリと開いた切り口からは、ピリピリした痛みが少しずつ伝わってくる。鈍器で殴りつけるような、重い痛みと衝撃を観客に与える映画もあるけれど、オゾン監督は研ぎすましたカミソリのような刃物で、暗闇から観客を不意打ちにする。

 今回の映画は、全部で4幕からなる室内劇。舞台になるのは中年の独身男レオポルドのアパート。恋人とデートの待ち合わせをしていた二十歳の青年フランツは、レオポルドに誘われるままこの部屋を訪れる。まだ少年の面差しを残すフランツを言葉巧みに口説き、ベッドに誘い込むレオポルド。その日から、ふたりの同棲生活が始まる。それから半年。出張で留守の多いレオポルドをまめに世話するフランツだが、飽きっぽいレオポルドはもはやフランツに優しい言葉をかけることもない。そこにフランツの昔の恋人アナがやってくる。彼女はフランツをまだ愛していると言うのだが……。

 カメラはレオポルドの部屋の中から一歩も外に出ない。外から電話がかかってくることもあるし、登場人物が部屋の外での出来事を語ることもあり、窓から外を眺めることもある。でもカメラは室内に固定されたまま。ドラマはこのアパートの中で静かに煮詰まっていく。ほんの数回、部屋の窓の外側から室内をのぞき込むカットがあるが、これも物語の閉塞感を強調するために用いられている。固く閉じられた部屋の窓が、まるで監獄の鉄格子のように見えるのだ。部屋の外の倫理や道徳は、この部屋の中では通用しない。部屋はレオポルドという暴君が支配する小さな宇宙であり、そこにしつらえてある趣味の言い家具同様、レオポルド以外の登場人物たちは完全に彼に隷属しているしかない。厄介なことにレオポルドと関係を持ってしまった人たちは、この隷属関係の中に喜びを感じてしまうのだ。暴力的なシーンはないが、これは精神的なSM状態と言ってもいいかもしれない。

 原作はドイツの映画監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが若い頃に書いた戯曲だという。オゾン監督はあえてこの戯曲をフランスの話に翻案したりせず、物語の背景を'70年代のドイツにしたまま映画化している。演出もわざわざ舞台劇調のままだ。ただし言葉はフランス語。レオポルド役のベルナール・ジロドーがすごい存在感。この人は『趣味の問題』でも同じように若い男を精神的に支配する役を演じていた。似合いすぎる。

(原題:Gouttes d'eau sur pierres brulantes)

2001年7月中旬公開予定 ユーロスペース
配給:ユーロスペース
ホームページ:http://www.eurospace.co.jp/


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