いのちの海
Closed Ward

2001/03/08 TCC試写室
帚木蓬生の小説「閉鎖病棟」を映画化した良心的な作品。
良く言えば真面目、悪く言えば少し退屈。by K. Hattori


 山本周五郎賞を受賞した帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)の小説「閉鎖病棟」をベテランの石堂淑朗が脚色し(共同脚本は西村雄一郎)、ドキュメンタリー映画出身の福原進が監督したヒューマンドラマ。舞台になっているのは、佐賀県の有明海に近い精神病院。そこに入院したり通院したりしている心に大きな傷を負った人間たちの姿を通して、人間の尊厳や優しさについて描いた作品だ。映画は裁判所から始まる。被告として出廷しているのは秀丸というひとりの老人。彼は殺人の罪で、ここで裁判を受けているのだ。証人として現れた島崎由紀という少女は、「秀丸さんが刺していなければ私が刺した。秀丸さんのおかげで、今の私は生きていられる」と証言。いったいこの老人と少女の間に何があったのか?

 物語はここから1年前にさかのぼり、事件に至る顛末を丁寧に描いていく。つまり話法としてはミステリーなのだ。中村嘉葎雄扮する秀丸老人は、なぜ人を刺したのか? そもそも彼が誰を刺したというのか? そんな疑問を孕ませたまま、物語は進行していく。中心になる人物は秀丸の他に、最初の裁判シーンに登場する島崎由紀。演じているのはこれが映画デビューの上良(かみりょう)早紀。同じく裁判所のシーンで顔を見せるのが、頭師佳孝演じるチュウさんという中年男。病院には林泰文演じる昭八ちゃんというカメラ好きで知的障害を持つ青年がおり、彼も映画の冒頭に干潟で写真を撮る姿が登場する。だいたいこのあたりが物語の中心になる人物だが、他にも安岡力也や芦屋小雁、有馬稲子、宮下順子、風間杜夫、村田雄浩などが出演し、出演陣はかなり豪華。おそらくごく低予算であろうこの映画にこれだけの人が集まるのは、原作や脚本の魅力であり、プロデューサーの手腕なのだと思う。スタッフにも撮影監督の坂本典隆や美術監督の木村威夫、音楽の池辺晋一郎など、日本映画界の巨匠たちと仕事をしてきた一流が揃っている。

 よい意味でも悪い意味でも良心的な作品だ。一般の映画館で上映して大勢のお客さんを呼び込む作品というよりは、学校や自治会経由で切符を売って、公民館やホールで上映していくようなタイプの作品。要するに真面目で誰にでもおすすめできる作品である反面、地味で取っつきにくいのだ。タイトルが『いのちの海』で有明海が舞台だから、てっきり環境問題の話かと思えばそうではないし、精神病院が舞台だから福祉関係のドラマかと思えばそうでもない。この映画の精神病院は、同じく精神病院を舞台にした映画『カッコーの巣の上で』と同じく、人間社会の縮図として描かれている。でも『カッコーの巣の上で』のような事件もカタルシスもここにはない。

 中村嘉葎雄演じる秀丸さんに、もうちょっと枯れた感じがあればよかったかなとか、音楽をもう少し控えめにして芝居を全面に出した方がよかったかなとか、気になる点はいろいろある。悪い映画ではない。よい映画だと思う。でもこの映画の「よさ」が、作品の面白さや魅力にはなっていないのが残念でならない。

2001年4月7日公開予定 銀座シネパトス
製作:株式会社イーハーフィルムズ
ホームページ:http://www5a.biglobe.ne.jp/~yee-ha/


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