ドルチェ
優しく

2001/02/22 映画美学校試写室
作家・島尾ミホが自らの体験を語り下ろした異色作。
監督はソクーロフ。ほとんどホラー映画。by K. Hattori


 アレクサンドル・ソクーロフの最新作。映画『死の棘』の原作者として知られる小説家・島尾敏雄の生涯と、その妻ミホ、娘マヤの現在を追うドキュメンタリー映画のようでありながら、島尾ミホによるひとり芝居のようでもある変な映画。上映時間1時間3分のビデオ作品だが、それ以上に特徴的なのは画面のサイズが縦横同じ正方形になっていること。サイレント時代にエイゼンシュタインたちが様々な画面サイズを実験し、その中には正方形もあったというような話を以前どこかで読んだような記憶もあるが、ソクーロフもそうした先輩たちの試みを意識したのだろうか。正方形に切り取られた画面は、6×6サイズの中版写真サイズみたいで面白い。映画の冒頭10分間は、古いアルバムをめくるように島尾敏雄の生涯をたどっていく構成になっているのだが、このシーンではこの正方形サイズが生きている。

 この映画、作り手はどういうつもりで作ったのかはまったく知らないが、かなり恐い映画になっている。そんじょそこいらのホラー映画なんて目じゃないくらいに恐い。例えば『狗神』のクライマックスはヒロインとその母親の関係が観客の前に暴露されるシーンだが、この映画『ドルチェ』はそれが延々数十分間続くような雰囲気なのだ。あるいは『リング』シリーズの貞子出現シーンで、全身に鳥肌が立つような恐怖感。それがこの映画の中では「実録」として登場する。恐すぎるぞ。

 島尾敏雄の生涯を紙芝居のように写真で紹介した後、カメラは現代の日本にある民家の玄関を写し出す。外から帰宅した老女は、玄関脇の壁にもたれるようにして静かに語り始めるのだ。自分の母親の死、父親の言葉、夫との出会い、その他諸々。彼女が誰に向かって語りかけているのかは、まったくわからない。そもそも彼女は何者なのかすら定かではない。彼女は亡くなった島尾敏雄の妻ミホなのだが、それまで写真をながめながら饒舌に人物や時代について語っていたソクーロフのナレーションはこの場面でピタリと止まり、老女の言葉を同時通訳することに専念し始めてしまう。僕は彼女が何を喋っているのか、何がどうしてそういう話題になってしまったのかがさっぱりわからなかった。話題の中心はぜんぜんわからないのだが、語られる口調は悲痛なもので、苦しみと悲しみに打ちひしがれている。遠い昔に起きたことを、まるで今この場で起こっているかのように語るミホ。

 この映画のクライマックスは、母親の「マヤちゃーん」という呼びかけに答えて、娘のマヤが階段をゆっくりと下りてくるシーンだろう。これは恐すぎる。僕は幽霊かと思ってしまいました。この後もマヤが母親の部屋をじっとのぞき込むシーンがあるのですが、これが恐すぎ。絵のつなぎ方。画面の薄暗がりの作り方。顔を出すタイミングと表情。すべてがホラー映画のテイストです。

 最初はこの映画が狂女のつぶやきのように思えたのですが、映画の最後の方にはこれらがすべて演出に基づく芝居だということがわかってくる。でも恐いよ。

(原題:DOLCE ドルチェ)

2001年4月14日〜5月11日公開予定 BOX東中野
配給:クエスト 宣伝・問い合わせ:BOX OFFICE


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