山の郵便配達

2001/01/30 東宝東和試写室
郵便配達の仕事を息子に譲る父親が人生を回想する。
風景の美しさ。役者の表情も素晴らしい。by K. Hattori


 1980年代初頭の中国湖南省山間部を舞台に、山間の小さな村々を歩いて回る郵便配達員の姿を描いた物語。長年郵便配達員をしてきた父親が息子に仕事を譲り、その息子が初めて郵便の仕事に出かけるという日の朝から物語が始まる。準備は万端整っている。息子は新しく始める自分の仕事に自信を持っている。だがその仕事を長く続けてきた父親は、「これで俺も引退だ。あとは勝手にやれ」と言いながら、息子のことや仕事のことが心配でならない。郵便配達の仕事は3日間かけて村々を回る。息子が新たな人生の一歩を歩み出す日、父親は息子と一緒に、自分が長年歩いてきた村々への道を歩くことにする。こうして息子が初めて郵便配達に出る旅は、父親にとって最後の郵便配達の旅になる。

 人間の一生を道に例えることがある。父の運んだ荷を息子が引き継ぎ、同じ道を歩み始めるというこの物語は、そんな人間の一生を象徴的に描いたドラマになっている。長い人生の中でも、父と息子が同じ道を並んで歩ける時間はごく限られている。この映画に登場する父は数十年を郵便配達員として山道を歩き続け、彼が引退した後は、同じようにその息子が何十年も山道を歩き続けるに違いない。しかしこのふたりが、肩を並べて同じ道を歩いたのはたったの3日間。ここでふたりの男の人生が出会い、大切な思いや願いが次の世代へと引き継がれていく。

 子供は父親の背中を見て育つという。だがこの映画はその逆だ。父親は息子の背中を見て、その中に過ぎ去った年月の重みや、自分自身の過ごしてきた人生を見出す。子は親の鏡。父親はたくましく成長した息子の姿を通して、若い頃の自分自身の姿に出会うことができる。父がかつて仕事の途中の村で母に出会ったように、息子もまた途中の村で美しい娘に出会う。息子はその娘の中に、自分の母親と同じものを感じる。人の一生にふたつとして同じものはない。だが基本的なモチーフはいつも同じ。人は誰かを愛し、子供を産み育て、やがて子に道を譲る。

 映画のテンポはあくまでもゆっくりとしている。これは人間の歩きのペースで進む映画だ。バスでもなく、ヘリコプターでもなく、歩くことでしか見えてこない風景というものがある。この映画はそんな風景のディテールを丁寧に描き出す。ゆったりとした音楽が全編にかぶっているのもいい。見えるのは山々の緑。青々とした水田。親子が途中立ち寄った少数民族の村で祭に出くわし、そこではリズミカルな音楽と赤い光が印象的に使われている。このシーンはごく短いし、数珠つなぎのエピソード群のひとつでしかないけれど、それまで続いたゆったりしたリズムと画面を覆う緑色との対比で、観客に忘れがたい強い印象を残すことになる。

 仕事が忙しかった父親にとって、この3日間の旅ほど息子と長く接していたことはないはず。息子と過ごした最後の夜、寝返りを打った息子の足が自分の足にぶつかった瞬間、ぱっと回想場面になるシーンが胸を打つ。旅の終わりをこのように締めくくるセンスの良さ!

(原題:那山 那人 那狗 POSTMEN IN THE MOUNTAINS)

2001年4月7日公開予定 岩波ホール
配給:東宝東和


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