花様年華

2000/12/07 松竹試写室
互いに妻と夫がありながら惹かれ合う男と女。
ウォン・カーウァイが描く大人の恋。by K. Hattori


 日本で「おしゃれな香港映画」のブームを作った、ウォン・カーウァイ監督の最新作。主演はウォン監督作品のレギュラーであるトニー・レオンとマギー・チャン。監督のデビュー作である『いますぐ抱きしめたい』ではまだ少女の面影を残していたマギー・チャンが、12年たつとこうなるのですねぇ。今やすっかり大女優の風格があります。同じ映画に出ていたアンディ・ラウがすっかりオジサンになってるんだから、それも当然か……。撮影は長年コンビを組んでいるクリストファー・ドイルに加え、ホウ・シャオシェン監督の撮影監督で、ウォン監督の『天使の涙』では第2ユニットの撮影を担当したリー・ピンビン。今回の映画は'60年代の香港を舞台にした、大人のラブストーリーです。

 今までのウォン・カーウァイ作品は、無邪気だった青春時代のしっぽを捨てきれない大人たちが、未練がましくそれにしがみつくというのが、ひとつの大きなテーマになっていた。一瞬にして燃え上がった恋を懐かしみ、燃え尽きた灰をかき回しているような映画が多かったのだ。今回の映画は終わってしまった恋への未練ではなく、今現在進行形の恋に対する欺瞞や執着や未練がテーマになっている。分別ある大人たちの恋は、大きく燃え広がり周囲を燃えつくす前に、本人たちによって消し止められてしまう。恋の炎が消えたとき、そこから立ちのぼる煙が目にしみると歌うのはカーンのスタンダード曲「煙が目にしみる」だが、この映画の主人公たちはまさにそんな煙の中で薫製状態。恋心に火がつきそうになっては揉み消し、炎が見えると吹き消し、いよいよダメとなると現場から全速力で逃走する。この映画に描かれているのは、恋の苦しさと恐ろしさ。今までのウォン・カーウァイ映画にはまだ「あの頃は幸せでした」「とってもいい思い出が生まれました」という恋のポジティブな面が描かれていたのに、『花様年華』にはそれがない。

 でもこの恋の苦しさと辛さが、じつに心地よいのです。道ならぬ恋の実感が生み出す陶酔感。何があろうと決して一線は越えないという誓いが生み出す、マゾヒスティックな感情のせめぎ合い。会話の練習の中に潜む、秘かな本心のかけら。それに気付きながら、互いに何食わぬ顔をして気持ちを押し殺す男と女。今なら簡単にセックスまで進んでしまいそうな男と女の関係ですが、そうしい気持ちを包み隠すことで、かえって感情だけが先鋭化して、エロティックな雰囲気が生み出されることになる。わりと素直に気持ちを言葉に出すトニー・レオンより、受け身のマギー・チャンの方が圧倒的に光り輝いている。チャイナドレス姿というのもいい。

 原色を巧みに配置した画面構成も美しい。今まで多用していたコマ伸ばしやコマ落としなどのトリック撮影を抑制し、じっくりと人物たちの気持ちの高まりを切り取っていく。シネマスコープにするのが似合いそうな映画だけれど、そこまでやると昔の映画のパロディみたいになっちゃうんだろうな。なかなか風格のある映画です。

(原題:花様年華)

2001年3月公開予定 ル・シネマ、銀座テアトルシネマ
配給:松竹 宣伝:メディア・スーツ、スローラーナー


ホームページ
ホームページへ