夜の蝶
〜ラウル・セルヴェの世界〜

2000/11/07 シネカノン試写室
ベルギーのアニメ作家の代表作5本をまとめて上映。
『夜の蝶』の美しさは衝撃的。by K. Hattori


 日本がなまじアニメ大国であり、大量のアニメ作品を海外に輸出している国であることもあって、海外のアニメ事情については案外知られることがない。それは僕もまったく同じ。ベルギーのアニメーション作家ラウル・セルヴェは、海外のアニメ業界では評価の高い作家だというが、これまでほとんど日本では紹介されてこなかったという。今回その代表作5本が、ユーロスペースで劇場公開されることになった。5本合わせても上映時間は47分30秒しかない。以下順次簡単な感想。

 '79年製作の『ハーピア』はカンヌ映画祭の短編部門パルムドールを受賞した作品。夜道を散歩する男が傍観から助け出した女は、ギリシャ神話に登場する有翼の乙女ハーピア(ハルピュイア)だった。家に連れられてきたハーピアは男が出す食べ物を食い尽くし、隠していた食料もすべて奪い、ついには男の両足も食べてしまう。奇声を上げて食料を奪うハーピアの貪欲さと恐ろしさは、さながらホラー映画。ちなみにハーピーには、強欲な女、残酷な女、深いな女という意味もある。9分。

 『クロモフォビア』は'66年製作の反戦アニメ。黒ずくめの軍隊が街の中を銃撃すると、色とりどりの世界は壊れてモノクロになってしまう。アイデアそのものは単純だが、兵隊も含めた各キャラクターが可愛くて、最後までまったく飽きない。最後は再び色彩の世界が戻ってくると知りつつ、最後は感動してしまう。10分。

 『人魚』は'70年の作品。巨大なクレーンがひしめき合い、空には古代の翼竜が舞う不気味な港湾。海には生物が存在せず、釣りをしてもかかるのは魚の骨ばかり。だが船の上の若者がフルートを奏でると、海から人魚が現れる。だがその人魚は残忍なクレーンに殺されてしまう。機械文明の残酷さと味気なさ、その中で暮らす人間たちの官僚主義と血に飢えた権利意識を皮肉った作品。最後は現実にメルヘンが勝利する。9分30秒。

 『語るべきか、あるいは語らざるべきか』は'71年製作。街に埋もれていた市井の詩人を資本家が囲い込み、その言葉を商品化して大儲けする。素朴な愛の言葉が、みるみるうちに大衆消費財になる。詩人の言葉は、あっという間に商品のキャッチコピーに早変わり。やがて彼の言葉は権力に取り込まれ、全体主義や戦争にも彼の言葉が利用されるようになる。この時代に「愛と平和」を大安売りしたヒッピー文化を皮肉ったような作品だ。立派な言葉も、それを利用しようとする狡猾な権力の前にはただの道具にされてしまう。11分。

 最後に上映されたのが、今回の特集のタイトルにもなっている『夜の蝶』。'98年に製作された8分の短編。ベルギーの有名な画家ポール・デルボーの絵が、音楽に合わせて動き出す。デルボーの絵は完全に静止した静寂の世界を思わせるのだが、それをあえて動かしてしまうというアイデアがすごいと思う。女たちがダンスをするシーンの幻想的な美しさには、思わずウットリしてしまう。5本の中では、これが一番好きだ。


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