スリ

2000/08/17 松竹試写室
黒木和雄監督が原田芳雄主演で描いた老スリの物語。
石橋蓮司とからむ場面は『竜馬暗殺』。by K. Hattori


 ストーリーを語ることにばかり熱中している映画が多い中で、久しぶりに映画らしい映画を観た。黒木和雄監督が10年ぶりに撮ったこの映画には、ストーリーだけでは説明のできない骨っぽさと、映像のどっしりした安定感がある。製作費は5千万だというが、これは現代の日本映画の中でも相当に低予算の部類だ。それでも作り手の狙いがしっかりしていれば、これだけの映画が作れる。物語はタイトルにもある『スリ』の話だ。原田芳雄演じる主人公・海藤正彦は、右手の指2本で食ってきた凄腕のスリ。電車の中を猟場にする「ハコ師」として警察からも徹底マークされている海藤だが、最近は酒浸りで指先が震え、まったく仕事にならない。そんな彼と共同生活をしているのは、真野きりな演じるレイという若い女。彼女は幼い頃に兄と一緒に海藤に引き取られ、彼から実の子のようにかわいがられると共に、スリの技術の手ほどきを受けている。海藤は廃ビルの住み込み管理人として住まいを確保し、レイの稼ぎで暮らしている。長年海藤を追い続けている矢尾刑事も、最近の海藤の零落ぶりには寂しい思いをしているほどだ。

 物語はアル中スリの海藤が身体を治して現役に復帰するまでを描くわけだが、そこに、主人公と刑事との間に生まれている「ルパンと銭形」的な人間関係、義娘のレイと押しかけ弟子・一樹の関係、主人公のもとから姿を消したレイの兄アキラの存在、断酒会の主催者・鈴子の海藤への思いなどをからめて行く。しかし中心になるのは、主人公の「スリ」という仕事に対するこだわりと、現役復帰に向けての執念だ。たとえ年をとろうとも、全盛期の冴えが完全には戻らなくても、後継の若い連中が育とうと、業界の勢力図が塗り替えられていようと、自分の指先が動く限りはスリ稼業を辞めようとしない海藤。心の中にくすぶり続ける火種がある限り、男は生涯現役なのだ。そこには損得勘定や打算がない。映画のラストシーンで見せる主人公の懲りない姿は、映画作りに執念を見せる黒木監督の自画像なんだと思うけど……。

 主人公の住むビルは、中央区新川の亀島川沿いにある。ビルの上からは隅田川と佃島が見える。この映画はロケ撮影がほとんどなのだが、あちこちに川や橋が出てくる。水上バスも出てくるし、直接川や橋が出てこなくても、登場人物の背後で水やボートの音がしたりする。映画の世界が、すべてが「水」でつながっている感じなのだ。水の存在こそが、この映画の基調トーンになっている。僕も毎日隅田川をながめながら生活しているので、この映画の持つトーンはかねてから馴染みのもの。主人公のねぐらは昔住んでいたマンションの目と鼻の先だし、レイがプレゼントのネックレスを巡ってアキラと押し問答をする場所は、マンションの自転車置き場のすぐ横だ。

 物語の枝葉を大胆に切り落としてある映画だが、それによって表面的なエピソードに隠れていた大きな幹がくっきりと浮き上がってくる。時代遅れの硬派な男を主人公にした、時代遅れの硬派な映画だ。それがいい。


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