サイクリスト

2000/07/27 映画美学校試写室
妻の入院費を稼ぐため自転車乗りの賭けをした男。
モフセン・マフマルバフの代表作。by K. Hattori


 『ギャベ』『パンと植木鉢』が三百人劇場で上映中の、イランの映画監督モフセン・マフマルバフ。彼が11年前の1989年に製作した代表作がこの映画。イランでは記録的な大ヒットとなり、「すべてのイラン人が見た」と言われているそうだ。『ギャベ』や『パンと植木鉢』に描かれているような入れ子状の物語構造はなく、話は至ってシンプルなもの。初老の男が自転車に乗って広場をグルグルグルグル回り続けるという、ただそれだけのお話だ。でもこれがなかなか燃えます。

 アフガニスタンからの難民ナシムの妻が、病気で入院する。だがナシムには医者に払う薬代や入院費がない。アフガン難民の仕事は、日払いの道普請や井戸掘りなど。それでは丸1日働いても、1日分の入院費の数分の1にしかならない。友人の興行師はナシムがアフガニスタンで自転車の選手だったという話を聞いて、「不眠不休で1週間自転車をこぎ続ける男」という見世物興行を企画する。妻のため家族のため、小さな空き地で自転車をこぎ始めるナシム。最初は少なかった見物人も時間を追うごとに増え始め、間もなくナシムの挑戦は町中の評判になる。町の顔役たちはナシムの挑戦が成功するか否かで賭けを始め、本人の知らぬところで多額の金が動くようになる。疲労や睡魔と戦うナシムの上に、彼の失敗を願う人々の妨害が覆い被さってくる……。

 自転車に乗り続ける男というアイデアは、マフマルバフ監督が子供の頃実際に見た自転車乗りの姿から生まれたものだという。この興行や賭けが荒唐無稽な嘘ではないというのが驚きですが、こうした興行が実際にあったということが、ナシムが自転車に乗るまでの話をコンパクトにしていると思う。この自転車興行のアイデアが頭で考えついたものだと、なぜこうした興行が成り立つのかなどについて、くだくだしい説明が付け加えられることになると思う。この映画に出てくるもうひとつの印象的な商売は、バスの下に潜り込んで自殺未遂騒動を起こし、袋叩きに合いながらも幾ばくかの施しを得るというもの。こうした「自殺されたくなければ金をよこせ」という物乞い商売は、日本でも江戸時代にはあったものらしい。小林正樹の映画『切腹』には、切腹するから庭先を貸せと言う浪人の話が出てくる。人間窮すればどんなことでもする。乞食商売に古今東西の差はないようだ。

 この映画の主人公ナシムは、自分では何もしない。小さな空き地の中を、のろのろと自転車こいで回り続けるだけ。ドラマが生まれるのはその周辺だ。ナシムの挑戦を邪魔しようとする人、応援しようとする人、このくわだてに便乗してひと商売ひと儲けをたくらむ人。そこに盛り込まれているエピソードはどれも面白い。よく考えると奇妙なところも多いのだが、「それはそれとして」と観客に目をつぶらせてしまうのは、この映画の持つ魅力ゆえだろう。映画のクライマックスは、眠りこけそうになるナシムの頬を、息子が何度も思い切りひっぱたくところ。このシーンは感動的でした。

(英題:CYCLIST)


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