溺れゆく女

2000/07/27 東宝第1試写室
ジュリエット・ビノシュがまたまた年下の男性と恋に落ちる。
ところで彼女はいつ何に溺れたのか? by K. Hattori


 『イングリッシュ・ペイシェント』でオスカーを受賞したジュリエット・ビノシュの主演映画。これを「最新作」と書かないのは、彼女がこの映画の後で『年下のひと』やパトリス・ルコントの『サン・ピエールの生命(いのち)』(僕はまだ未見)にも主演しているから。この秋は『溺れゆく女』が日比谷のシャンテ・シネで公開されているのと同じ時期に、『サン・ピエールの生命』がシネスイッチ銀座で公開されるという、なんだかジュリエット・ビノシュ特集のようなありさまになる。フランス映画が冷遇されている日本の映画興行界には珍しく、彼女はお客を呼べるフランスの女優ということなんだろうか。僕の周囲には「ジュリエット・ビノシュの大ファンだ!」と言う人はいないんだけどな……。

 ヴァイオリン奏者としてわずかばかりの収入を得ているアリスは、売れない役者でゲイのバンジャマンとパリのアパートで共同生活をしている。そんな生活の中に飛び込んできたのが、バンジャマンの腹違いの弟であるマルタン。まだ少年のような面差しの残るマルタンとアリスは、やがて愛し合うようになる。モデルとして成功し始めたマルタンは、スペインへの撮影旅行にアリスを伴うが、そこで突然倒れてしまう。医者はその原因を精神的なものだという。やがてマルタンは、アリスに自分自身の生い立ちと秘められた事件について語り始める。

 原題は『アリスとマルタン』といった意味だと思うのだが、その邦題がなぜか『溺れゆく女』になる。もちろんこの「女」とはアリスのことだろう。でも一体アリスが何に溺れているというのだろうか。原題をそのままカタカナにしたり直訳すればいいとは思わないが、この邦題は映画の内容もエッセンスも伝えていないと思う。この映画の中のアリスは、年下の男性との恋愛に溺れることのないタフなヒロインです。彼女は激しい愛に生きながらも、その中で自分が何をなすべきかを冷静に考えることができる。世の中には恋愛感情の中で翻弄され自滅する人もいるでしょうが、恋愛感情に身を委ねながらも、その気持ちによって強くたくましく成長してゆく人もいる。この映画の主人公アリスは、明らかに後者だと思う。でも『溺れゆく女』というタイトルからは、正反対の前者を連想してしまうのです。

 この映画は導入部の30分ほどをマルタン中心に描き、終盤の30分ほどでは逆にマルタンが姿を消してアリス中心に描くという、ちょっと不思議な構成になっています。僕はマルタンの生い立ちを描いた映画の序盤で少しウトウトしてしまったこともあり、もっぱらアリス中心にこの映画を観ていましたが……。

 物語としてはかなり悲惨な話だし、主人公たちの前に待ち受けている困難を考えると、これをハッピーエンドだなどとはとても言えない。でも自分自身のすべてを人々の前にさらけ出し、ありのままの自分で人から愛されたいと願う主人公たちの気持ちは前向きで、それが映画の爽やかな後味を生んでいます。

(原題:ALICE ET MARTIN)


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