伝説の舞姫 崔承喜(チェスンヒ)
金梅子(キムメジャ)が追う民族の心

2000/06/20 岩波シネサロン
戦前の大スター・ダンサー崔承喜についてのドキュメンタリー。
ホステスのキャスティングが問題だ。by K. Hattori


 戦前の日本でデビューし、世界的にも評価の高かった朝鮮人女性ダンサー・崔承喜(さい・しょうき/チェ・スンヒ)の生涯を、現在の韓国を代表する世界的なダンサー・金梅子(キム・メジャ)がたどるドキュメンタリー映画。監督・脚本は『ルイズ・その旅立ち』の藤原智子。僕は崔承喜という人をまったく知らなかったのだが、戦前の日本で東劇・帝劇・歌舞伎座といった一流劇場を連日満席にし、各界の著名人たちにも多くのファンをもつダンサーだったらしい。朝鮮出身の彼女は単身日本に渡って日本人ダンサーの石井漠に師事。彼の舞踏団でめきめき頭角を現すが、その後朝鮮に戻って朝鮮民族の伝統的な踊りの要素を、自分のダンスのなかに積極的に取り込んでいく。当時の日本政府は植民地支配していた朝鮮半島に対し、日本語教育や創氏改名に代表される同化政策を取っていた。そんな中で、崔承喜は堂々と朝鮮の名前を名乗ってスターになり、舞台の演目でもあえて「朝鮮風」のものをモチーフにしている。当時の彼女は日本から世界に向けて、朝鮮人としての民族的アイデンティティを発信していた。そしてそれに対し、多くの日本人たちが拍手喝采して声援を送っていたという。

 映画は韓国のダンスを改革した崔承喜の生涯を、現代のダンサーである金梅子の活動と重ねあわせるという趣向になっているようだが、これはまったく失敗していると思う。崔承喜と金梅子の共通点は、朝鮮人のダンサーであるということしかない。むしろ崔承喜と比較するなら、アメリカからフランスに渡って大スターになったジョセフィン・ベイカー、日本人でありながら中国人の養女になり、やがて中国人の映画スターとなった李香蘭こと山口淑子、日系アメリカ人だが戦前の日本で大スターになったダンサーの川畑文子などと比較すべきだったのではないだろうか。そうすることで、真っ暗だと思われている戦前にあった意外にも明るい一時代や、戦争という苛酷な時代の中で翻弄される舞台芸術家の生き方や、国と国との間で引き裂かれていくアイデンティティというものが浮き彫りになったと思う。

 崔承喜を「ダンス改革者」として描くだけなら、同じように現代の韓国でダンス改革を行なっている金梅子は打ってつけの案内人だっただろう。だが崔承喜の人生は、戦争を挟んだ「時代」というものと固く結びついている。この映画ではなまじ金梅子という強烈な個性の持ち主をホステスにしたがために、崔承喜がくぐり抜けてきた 「時代」というものの重さがボケてしまっている。金梅子は崔承喜の為してきた事柄を評価する「証言者」のひとりでよかったと思う。なまじか彼女が全面に出てきたがゆえに、この映画は焦点の合わないものになった。

 映画の中には貴重なフィルムが幾つも引用されていて、僕のような素人が見ても崔承喜の非凡さがうかがえる。笑顔がじつにチャーミング。戦後、北朝鮮にわたった彼女がどうなったのか? その謎はおそらく今後もミステリーのままなんだろうなぁ……。


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