ストレイト・ストーリー

2000/01/14 松竹試写室
デヴィッド・リンチが実話を映画化した感動的なロードムービー。
およそリンチらしからぬ映画だが、いい映画。by K. Hattori


 10年前に仲違いして以来、一度も連絡を取り合うことのなかった76歳の兄と73歳の弟。だが兄が病気で倒れたと聞いたとき、弟は兄と和解しようと決意する。もう一度兄と会いたい。弟アルヴィン・ストレイトはトラクターに食料と毛布を積み込み、アイオワ州ローレンスから、兄ライルの暮らすウィスコンシン州マウント・ザイオンまで560キロの旅に出る。車なら1日の距離だが、トラクターの最高時速はわずか8キロ。はるばる6週間の長旅だ。これは1994年に起きた実在の事件を映画化した、シンプルで奥深いロードムービー。監督は『ロスト・ハイウェイ』のデヴィッド・リンチ。リンチ作品の名物となっている暴力や狂気の描写は後退し、ここには人間の優しさや力強さが描かれている。主人公アルヴィンを演じたのは、1920年生まれの超ベテラン俳優リチャード・ファーンズワース。娘ローズをシシー・スペイセクが演じ、兄ライルをハリー・ディーン・スタントンが演じている。

 過去のリンチ映画のファンが観たら卒倒しそうなほど、穏やかで静かな映画。人物造形の確かさ、演出の的確さ、風景描写の美しさなど、どこをとっても水準以上の映画で「傑作!」と言ってしまってもいいのだが、問題はこれをデヴィッド・リンチが監督していることだろう。この映画は昨年秋の東京ファンタでクロージング作品になっているが(僕はその時未見)、その時は観た人の中から「いい映画だけど、リンチがこんな映画撮らなくてもいいのに」という意見が出されていた。確かにそうかもしれない。例えとしては的はずれかもしれないが、こうした意見は僕はコーエン兄弟の『ファーゴ』やサム・ライミが『シンプル・プラン』を観て感じたものと同じかのかもしれない。ただ僕が今回この『ストレイト・ストーリー』から感じたのは、それとはまた別の感慨だ。この映画は、黒澤明にとっての『どですかでん』みたいな映画なんじゃないだろうか。

 黒澤は『赤ひげ』で従来の骨太なヒューマニズム路線を完成させ、その後の創作意欲の出口として『どですかでん』『デルス・ウザーラ』などの世界に突入していく。リンチも『ロスト・ハイウェイ』で暴力と狂気の世界を極限まで突き詰め、とりあえずはその路線に終止符を打って別の表現へと転じたのかもしれない。もちろんこうした判断はリンチの次回作を観なければ本当のことはわからず、今回は単なるリンチの気まぐれ、映画監督としての余技だったのかもしれないのだが……。

 しかしこの映画は、リンチが今まで描いてきた暴力や狂気を、まったく描いていないというわけではないだろう。ここでは今までリンチが真正面から描いてきた暴力や狂気が、観客からは直接見えない映画の裏側に塗り込められているのだ。主人公と兄の葛藤、主人公の娘のエピソード、戦争体験記……。その端々からリンチ流の暴力と狂気があふれ出しそうになりながら、その一歩手前で押しとどめるという語り口が秀逸なのです。

(原題:The Straight Story)


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